2026年09月

POWER WATCH 第56回 ロレックスのエベレストへの挑戦、そしてエクスプローラー誕生の謎 1

1953年、イギリス陸軍のジョン・ハント大佐を隊長とするエベレスト登山隊は3月にベースキャンプを設置。そして同年5月29日、ニュージーランドのエドモンド・ヒラリーとシェルパ族(チベット)のテンジン・ノルゲイが、世界で初めて世界最高峰のエベレストの登頂に成功した。

このエベレストに懸けた者たちのストーリーは、単なる冒険家の熱い想いだけでは語れないもうひとつのストーリーが存在する。それがロレックス社である。

その起源は第14代ハミルトン公爵、ダグラス・ダグラス=ハミルトンが史上初めてエベレストの空撮に成功した33年頃までさかのぼる。実はこれにロレックスがオフィシャルスポンサーとして参加していたといわれるのだ。

ロレックスは初めて“EVEREST”を公式なペットネームとして採用。その後すぐにアーミーケースで有名なRef.4647で“OYSTER EVEREST”の名を冠したモデルも発表している。この頃からすでに“エベレスト”という魔物の魅力に引きつけられていたのかもしれない。

 

2カラム – 画像


 

(画像)ロレックス エクスプローラーとして最初に登録された6350と6150の2つの刻印を刻んだ希少な一品。共有パーツとした6150のケースを6350が流用していることがわかる。そして通常のプレシジョンモデルとしても存在していたことがわかる一品。

 

 

こうして同社は53年のエベレスト挑戦時にもキャンプの設置、食事、腕時計の提供など、一切の経費を負担しサポートしたが、その思いとは裏腹に、登頂に成功した際にエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが着けていたのはスミスの腕時計だった。これに対して、「登山リュックの中に仕舞い込んでいた」(ロレックスの時計は返品が条件付けられていた)というコメントを本人が残しているが、実際どうだったかは謎に包まれている。

ともあれ、ロレックスは偉業達成をサポートしたことを大々的にアピールした。実際54年の広告には“EVEREST Leader’s Tribute to Rolex”の見出しで、腕時計の優れた性能を強調している。

この広告に掲載されたモデルが、エクスプローラーのファーストモデル“Ref.6350”である。そしてこのことから、ジョン・ハント率いる登山隊が装着していたのも“6350”であったと長らく考えられていたのである。しかし、近年になって実際に登頂時に携行されたのは“6298”ではないかといわれている。

この謎については、いまなおロレックスでも一切触れていない。それはなぜか。

53年に登場したエクスプローラーは6098、6298、6350、6150の四つあり、すべて同年代に登場している。当然搭載キャリバーも775だが、問題となるのはエベレスト登山時の彼らの写真。それを見る限りノンクロノメーターであった可能性が高いのだ。そうなるとエベレストに携行されたのは6298か6150のいずれかになる。

ここからは私の推測だが、ロレックスが登山隊に貸し出したのは、すでに完成していたノンクロノメーターの6298であったのではないか。ただ登頂成功により、単体のモデルとして確立する必要があった。そこで急遽6150のケースを流用し、クロノメーターモデルを作り上げたのではないか。

マーケティング戦略を得意とするロレックスとしては、やや強引な感も否めないが、このエベレスト遠征のスポンサーについて言えば、マーケティングとは無縁のものだったのかもしれない。

そこにはロレックス創業者であるハンス・ウィルスドルフのエベレストに懸けたロマンと夢が満ちあふれていた純粋な思いだけが存在したのであろう。エベレストのストーリーは、いまもロレックス史の最大の謎といわれるが、その理由はハンスの強い想いがあるからかもしれない。

それでは次号からエクスプローラー誕生の謎解き物語りをはじめよう。

 

 

 

語り手 林 賢治さん

東京・荒川で時計オークションの運営とサポートを行う、クールオークションの代表。自身が熱烈な時計収集家であり、海外のオークションで得た広範な知識と経験から日々、歴史に埋もれた時計の謎を研究している。時計雑誌POWER WATCH「謎解き物語り」で連載中