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ジャガー・ルクルト暗雲1970年代からの脱却…1989年からの軌跡

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1917年のジャガー社とルクルト社の初めての合併から、そして1931年、レベルソの生みの親であるセザール・ド・トレー、ジャック・ダビィド・ルクルトとのスペシャリティーズ・ホロロジーズ社設立、そして時計製造協力会社SAPICを吸収することで、1937年にジャガールクルト製品販売会社設立となり、1979年にはルクルト社と合併することで、現在の単一法的組織とした”ジャガー・ルクルト”がここに誕生した。ここまでの道のりはクオーツという化け物が世界を翻弄し、ジャガー・ルクルトの経営まで悪化させた。1988年のオーデマ・ピゲを中心とした資金提供の中、ジャガー・ルクルトは900人の従業員、100倍の金融資産となり、絶対的マニュファクチュールがゆるぎない地位を確立した。1989年には全ての機構を超越したグランド・レベイユのような高級複雑時計から一般的モデルにも様々なユニークなモデルを投入し、そこには製造数自体を少なくしたモデルや限定数モデルなどの投入により希少性からのコレクター思考へのマーケティング戦略をも操作していった。それが141モデルと言われるモデルである。
Ref.141.150.1
その姿は1920年代を彷彿させる出で立ちで……