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Rolex Oyster Perpetual Date “RED SUBMARINER” Ref.1680 Cal.1575 1970’s w/93150 FF.501B / ロレックス オイスターパーペチュアルデイト レッド赤サブマリーナ Ref.1680 1970年製造


1967年、1953年のサブマリーナ誕生から34年目で初めてデイト付きサブマリーナが誕生する。同時期のノンデイト5513のようにダイアル自体のレターデザインが変わることはないが、その時期に細かく変化していくことが1680の魅力なのかもしれない。当初出たSUBMARINERの赤文字、シリアルでは2100000番台から始まるファーストレッド、1967年の誕生当初からその存在は明らかになり、1975年の4500000番台をファイナルレッドとするのが存在定義となるが、その6回のマイナーチェンジはの1680サブマリーナデイトの人気のプロセスともなっている。
当時の純正ダイアルとしては6種類、6時位置側のダイアル上のプリントが”SUBMARINER”が基本上段でその下に”200m=660ft”が配置され、その表記も後期のものは”660ft=200m”となる。近年のサービスダイアルも含めると年代により7種類の文字形状がある。それをマーク1からマーク7とも呼び、中でも誕生した1969年から70年初期頃しかないマーク1は希少であり、市場で500万円以上はしてしまう。特にマーク1はトロピカルになり易くブラウンがかったダイアルも存在し、又唯一”SUBMARINER”と下段の”200m=660ft”の長さがほぼ同じでマーク2~6までは全てに”SUBMARINER”の文字の方が短いこともあり、字体のサイズは一番大きく、当然人気は高いが、市場でお目見得することはまずない。次に人気なのはマーク4でフィートファーストと呼ばれる660ft=200mのよう先に660ftが配列された最初のモデルで、字体が濃く太いのが特徴で英角ポップ体字のような丸い自体もキュートだ。特に6の字体が丸く6の最後が離れていることで更にキュートさが増す。見慣れれば、全ての字体に特徴があるが、一目見ただけで、マーク1、マーク2は一目瞭然であることからも非常に人気である。ちなみにオープン6はマーク2~4である。
未だ未だ市場に偽物が存在するが偽物の特徴としては、まず5000000番台以上のシリアルのレッドサブは要注意であり、偽印のよくある特徴はメーターファースト、フィートファーストとも”SUBMARINER”の文字の両端が”200m=660Ft(660Ft=200m)”よりも飛びだしている個体は完全偽物である。
未だ未だ偽物が多いモデルだからこそ、一般の方にはなかなか難しい個体だけに、人気があることも事実だか、購入する前にその真偽性を確かめて購入することをお勧めしよう。
特に赤サブという一つのレジェンドワードは一つの文化と言っても過言ではないので本物を持った快感は病みつきである。
今回ご紹介する一本は、人気の高いマーク4ダイアルで、画像を見て頂ければ、その特徴か手にとるように感じられるはずである。他のパーツでもベゼル、インサートは欠損しているがベゼルディスクも、3針から全て当時のままのオリジナルコンディョンである。当然年代はフィートファーストの1970年である通り、裏蓋には70刻印有り。ブレスは年代がちと違うが1990年製のハード3連の93150で12駒。全くの伸びの無い完璧と言っても過言ではない最高の状態。日ロレにてコンプリートサービスの見積済みで内容としては、バネ棒以外は全て純正で間違いない。インデックス、針のトリチウムが光ることで、リダンの可能性を考えたが、日本ロレックスでの回答で、純正で間違いなく、ロレックス以外で交換された形跡はないとのことで、見積りは完了した。そんな今回のマーク4。フィートファーストの中では一番人気のあるこの一品。最高の一品としてお伝えしたい。

 

Omega Legendary second Speedmaster Ref.2998-4 Cal.321 Excellent Condition comes with Omega Service document / オメガ スピードマスター 2998-4 Cal.Ω321 入荷


NASA imposed brutal tests: extreme heat up to 90°C, severe low pressure, and repeated temperature cycles from 71°C down to –18°C and back to 70°C, fifteen times.

Rolex survived until the final stages, but its seconds hand warped, caught on the dial, and stopped. Longines withdrew after its crystal broke.

Only the OMEGA Speedmaster survived to the end. On June 1, 1965, NASA officially qualified the Speedmaster as its chronograph—earning OMEGA one of the greatest titles in watchmaking history.

 

 

1969年7月20日東部夏時間22時56分、人類初の月面着陸に成功…

オメガが世界一としての栄誉を獲得した瞬間でもある。そしてそれは1961年、

オメガの一本の時計からすべてが始まり、その後のオメガ、いやスイス時計全体に多大な影響を及ぼした


伝説という名の一品にあなたは出会ったことがあるだろうか…..今回ご紹介する一品、伝説という名の鼓動が足のつま先から頭のてっぺんまで駆け巡る。それはリューズガードが主流となっている現代において、出会うことすら奇跡となってしまった”ノンリューズガード”というビンテージという世界に宿った真実の魂…そこにはアプライドの”Ω”のスティール製のエンブレム、そしてスティールのアルファー針にその時、分針のセンターに夜光がつく、クロノグラフ秒積算計のストレートのホワイト針、マットのブラックダイアルには”PROFETIONAL”という文字も無く、12時位置の5分刻みのインデックスの夜光は枯れ、1959年という人類史上を揺るがした伝説ストーリーの真実の姿を物語っている…….そのプロセス

『OMEGA SPEEDMASTER Ref.CK2998-4』…ザ・セカンドモデル

1960年初頭、マーキュリー計画の後続プロジェクトとして着想されたアポロ計画、人間を月に到達させるという壮大にロマンとして、それは1969年に人類初となる月面着陸を達成した。しかしそれまでには、想像を絶するほどの道のりがあったことは言うまでも無い。宇宙下で起こりえる最悪の状態を想定し、計器が停止した時の命綱として腕時計の絶対的信頼性が不可欠なものとなり、それは”秒”という単位が、人の生死を左右する大事な意味ともむなった….
そして1961年、NASAの月面装備品担当官がテキサスの時計店”コリガンズ”でスピードマスターを買ったことから始まったオメガの成功プロセス、そこで購入されたものが、”Ref.CK2998-4”であった。当時、宇宙飛行士はNASAが用意した12時間積算系を装備したクロノグラフ腕時計の全ブランドから好きなものを装着することが出来たが、皆が選んだものは、その視認性、そして使い安さからこの”REF.CK2998-4”を好んで装着した。1962年のマーキュリー7では、伝説宇宙飛行士”ウオーターシラー”が、そして”ゴードンクーパー”が宇宙にこの時計と共にした。それは3代目スピードマスターに引き継がれ、NASAが出した過酷すぎる条件…室内温度摂氏70±4℃、48時間、5.5±.4Psia、通常環境に戻し、再度計測、その後、摂氏90℃±4℃の環境下で再度計測。気圧は最小値で1.4×10Posia、室温を摂氏71度まで、45~50分の間、-18℃に下げ、再度45~50分の間、摂氏70℃±4℃に上げ再計測、これを15回繰り返という厳しい条件下で、最終段階まで残ったロレックスは秒針がたわみ、ダイアルにひっかかり停止。ロンジンはガラス破損の為、テスト中断の中、SPEEDMASTER』スピードマスターだけが最終テストを生き延びた。そして1965年6月1日公式クロノグラフ採用通知書にスタンプが押され、その後NASAからの一通の通知書によりオメガは世界一の称号を手にしたことは言うまでも無い…….

 

Rolex Thunderbird Oyster Perpetual Datejust Ref.6609 18K Solid Gold Cal.1066 サンダーバード セカンドモデル★ロレックス Ref.6609/Cal.1066★激希少18金無垢シャンパンゴールド 入荷


On May 25, 1953, the legendary U.S. Air Force Thunderbirds were born in Arizona. Although often said in Japan to have been specially commissioned for Colonel Don Ferris’s retirement, that story appears to have been exaggerated. By 1960, Rolex officially used the name “Thunderbird” in advertising, with the proud eagle emblem appearing on the dial. The 18-karat gold model cost $1,000 with a full gold bracelet, $550 on a strap, while the steel version was just $210. At Japan’s exchange rate of \380 to the dollar, the gold model represented an extraordinary luxury—equivalent to roughly \2 million today.

 

 

1953年5月25日アリゾナ空軍基地で産声を上げた世界最高アクロバットチーム”サンダーバード。当時”ドン・フェリス大佐の引退記念モデルとして特別発注されたと言われるがそれは日本の誇張過ぎたストーリーであるが、正式には1960年にはその自信に満ち溢れたサンダーバードの鷲のエンブレムをRef.6609のダイアルの9時位置に描き、その”thunderbird”の文字がダイアルに無いにしろ初めてロレックスがサンダーバードという言葉を使い宣伝したことによりここで初めてサンダーバードとしての伝説がヒストリーに刻まれることとなった。
そのストーリー。Ref.6309ファーストをオリジンとして1953年、同時期に誕生したRef.6202の派生モデルとして誕生したとも言われ、同じクロスラインのベゼルを共有パーツとして独特の造形美を誇ってきたが、同時、6200,6205,6204と言ったサブマリーナ群に寄り添うようにその存在価値の位置づけを創ってきたのかもしれない1953年5月25日アリゾナ空軍基地で産声を上げた世界最高アクロバットチーム”サンダーバード。当時”ドン・フェリス大佐の引退記念モデルとして特別発注されたと言われるがそれは日本の誇張過ぎたストーリーであるが、正式には1960年にはその自信に満ち溢れたサンダーバードの鷲のエンブレムをRef.6609のダイアルの9時位置に描き、その”thunderbird”の文字がダイアルに無いにしろ初めてロレックスがサンダーバードという言葉を使い宣伝したことによりここで初めてサンダーバードとしての伝説がヒストリーに刻まれることとなった。
そのストーリー。Ref.6309ファーストをオリジンとして1953年、同時期に誕生したRef.6202の派生モデルとして誕生したとも言われ、同じクロスラインのベゼルを共有パーツとして独特の造形美を誇ってきたが、同時、6200,6205,6204と言ったサブマリーナ群に寄り添うようにその存在価値の位置づけを創ってきたのかもしれない

 

ベゼルサイドのエッジは69個というエングレービングを最高の人間の成し得る匠の技で造形美として堂々と存在する…….

“Ref.6609”サンダーバードセカンドモデル

1953年5月25日アリゾナ空軍基地で産声を上げた世界最高アクロバットチーム”サンダーバード。当時”ドン・フェリス大佐の引退記念モデルとして特別発注されたと言われるがそれは日本の誇張過ぎたストーリーであるが、正式には1960年にはその自信に満ち溢れたサンダーバードの鷲のエンブレムをダイアルに描き、その”thunderbird”の文字がダイアルに無いにしろ初めてロレックスがサンダーバードという言葉を使い宣伝したことによりここで初めてサンダーバードという言葉を世界が知ることとなった。それは18金無垢がベースとなり当時18金無垢フルブレスで”$1000”、ストラップ仕様が”$550”、ステンモデルが”$210”で販売された。当時の円レートが$1=380円であるから日本円で380000円、現在の相場に直すと約200万円といったところであろう。到底当時の日本人では手が出なかったであろう。

そして今回ご紹介させて頂くのは、その中でも現在市場に出回ることのない18金無垢モデル。当然現在まで繋がるサンダーバードモデルの中で一番繊細なベゼルの造形美を手にしたファーストの18金無垢モデルであるからオーラはデイトジャスト史上、最高と言っても過言ではない。しかもダイアルは初期の”ROLEX”がプリントではなく、アプライドの18金無垢のプレートで、見るものを感動的な衝撃へと贖う。当然内なる響きとして手に伝わる熱いビートは今現在でも60秒以内の日差を誇る1949年から採用された世界初両方向巻き上げ”Cal.1030”のデイト仕様”Cal.1066”(ほとんどが1030で1066は非常に珍しい)。で、バタフライローターの清々しいサウンドはこの”1066”の魂そのものである。
そんな今回の希少な逸品、どなたがこの一品のオーナーになるかは、誰も知るよしもないが、これだけは言おう。本物は最高のオーナーを探し求めている。それは富裕者という概念は無く、突然、引き寄せる運命であることは間違いない。それは当然、あなたかもしれない…….

 

Heuer Daytona Ref.110.203 Cal.12 Non-polished Mint Condition Integrated Bracelet Watch /ホイヤー デイトナ Ref.11.203 Cal.12 一体型ブレス時計 入荷


A world that seems to enter the realm of the divine—the legendary Cal. V485.

In 1933, LeCoultre’s development of the Calibre 410 brought the world of complications into the wristwatch. Vacheron Constantin, which had already introduced a watch with a triple calendar in 1924, later collaborated with LeCoultre, leading to the development of Cal. 484 and Cal. 485 in 1945.

Through Vacheron Constantin’s own special tuning, the triple-calendar Cal. 485 evolved with the addition of a moon-phase complication. The letter “V” was placed before the calibre designation—a mark distinguishing it as something truly special, ultimately leading toward the celebrated Cal. V495.

 

 

 

 

とてつもない18金無垢のオーラを身に纏い、すべてを包み込むかのような鋭く、そして鋭利に輝きだしたるクロウラグの世界、ステップをつけ段差をメロディーのように奏で、ダイアルのコーナー上に配置されたデイトダイアルの2トーンの優しいコントラストにハーモニーを奏でる偉大なるスターインデックスの存在は、クレッシェンドのような熱い物語を語りかけてくれる….素直に、そして鮮明に繊細に描かれた月齢という世界、太く温かく感じる眉毛の下に熱い眼差しを感じる瞳….にひるな様相を魅せる頬から伝わる唇へのラインがロマンティックなストリーとなり、そのダイアルセンター上部の真っ赤な文字で描かれた月、曜日表示カウンター、ダイアルコーナー部分の外周のデイトナンバーを飛び回るレッドヘッドのデイトポインター針、そしてデカメのスモールセコンドの均整整い計算づくされた視感への妥協を許さない作り、すべてが感動の渦へと盛り立ててくれる。……更にその目に見えないオーラの源を、そしてすべてのこの逸品の壮絶な匠の技としての存在を露わにしたバックケース内に隠された真実は、”Cal.V485″という名の神の領域に踏み込んでしまっかのような世界。1933年のルクルトの410キャリの開発により腕時計に複雑という世界を取り込み、1924年初めてトリプルカレンダー付きの時計を既に発表していたヴァシュロンとの共同開発により1945年、”Cal.484″と共に開発され、ヴァシュロン コンスタンタンの独自のチューニングによりトリカレ”Cal.485″にムーンフェイズ機能を付けた”Cal.495″の前にVをつけ、特別なものとしての証をつけた。それは2,3,4番車を一つに纏めたジュラ様式のしなやかな曲線で表現されたブリッジにジュネーブ湖畔の静まり返った明方の雨の滴が落ちたる湖畔に広がる波紋のようなコートドジュネーブが施され、そこに備えられたビジョンブラッドの受け石のエクストラルビー、かなりのでかめのチラねじテンプから昇りつめるブレゲヒゲゼンマイとその先に見るビーンズプレートのヒゲ持ちさえも美しさのキャンパスの一部となり、それが高級機”スワンネック”仕上げとすることで、クロノメーターロワイヤル伝説となる”Cal.449″のDNAを引き継いだ18000振動の最高の熱き魂が感じられる最高の逸品であること、そして世界三大時計としての威厳を100年経とうが、200年経とうがこの逸品が確実に証することを皆様にお伝えしたい。

 

Vacheron Constantin Triple Calendar & Moon Phase 18K Solid gold Claw Lug & Star Hour-makers Cal.495 Circa.1946 / ヴァシュロンコンスタンタン トリプルカレンダー & ムーンフェイズ 18金無垢 クロウラグ スターインデックス

 


 

 

A world that seems to enter the realm of the divine—the legendary Cal. V485.

In 1933, LeCoultre’s development of the Calibre 410 brought the world of complications into the wristwatch. Vacheron Constantin, which had already introduced a watch with a triple calendar in 1924, later collaborated with LeCoultre, leading to the development of Cal. 484 and Cal. 485 in 1945.

Through Vacheron Constantin’s own special tuning, the triple-calendar Cal. 485 evolved with the addition of a moon-phase complication. The letter “V” was placed before the calibre designation—a mark distinguishing it as something truly special, ultimately leading toward the celebrated Cal. V495.

 

 

 

 

2006年、ヴァシュロン・コンスタンタンが世界のユーザーに対し発したのは、1755年から続くタイムピースの歴史を復活させること、それは旧本社リニューアルに伴い、古き良き時代を繋ぐ形となった….『VACHERON CONSTANTIN MUSEUM』。1755年のルイ16世針の気品に満ち有れたシルバー製のケースを筆頭にエナメル装飾の鮮やかな金無垢タイムピースから、中にはムーブメントにまでエナメルで仕上げられたものもあり、1820年のものではカウンター式のタイムピースまで存在する。そんなポケットウオッチの世界を歴史のフィルムのように観覧した後、1900年に突入し、1908年、ムーンフェイズにクロノグラフの永久カレンダーのついたコンプリケーションの華々しいポケットウオッチの世界が幕を閉じ、平行し女性用のリストウオッチの世界が広がる。そして1910年に初めてメンズとして発表された腕時計の金無垢のクッションをストーリーの始まりとし、1920年のオーバルケース、そして1930年アールデコの時代、レクタンギュラーケースの6時位置のスライダーで開閉するブラインド式のフェイスガードのついた金無垢モデル、更に1937年、ハンター式のレクタンギュラーモデル、そしてヴァシュロン発の腕時計クロノグラフの発表など、その歴史の重さに圧倒され始めた頃、目の前に存在するコンプリケーションの世界がそこに圧倒的存在感としてオーラを放っていた…….

1946年…..

トリプルカレンダー…….ムーンフェイズ

スターインデックス

この響き….とてつもない18金無垢のオーラを身に纏い、すべてを包み込むかのような鋭く、そして鋭利に輝きだしたるクロウラグの世界、ステップをつけ段差をメロディーのように奏で、ダイアルのコーナー上に配置されたデイトダイアルの2トーンの優しいコントラストにハーモニーを奏でる偉大なるスターインデックスの存在は、クレッシェンドのような熱い物語を語りかけてくれる….素直に、そして鮮明に繊細に描かれた月齢という世界、太く温かく感じる眉毛の下に熱い眼差しを感じる瞳….にひるな様相を魅せる頬から伝わる唇へのラインがロマンティックなストリーとなり、そのダイアルセンター上部の真っ赤な文字で描かれた月、曜日表示カウンター、ダイアルコーナー部分の外周のデイトナンバーを飛び回るレッドヘッドのデイトポインター針、そしてデカメのスモールセコンドの均整整い計算づくされた視感への妥協を許さない作り、すべてが感動の渦へと盛り立ててくれる。……更にその目に見えないオーラの源を、そしてすべてのこの逸品の壮絶な匠の技としての存在を露わにしたバックケース内に隠された真実は、”Cal.V485″という名の神の領域に踏み込んでしまっかのような世界。1933年のルクルトの410キャリの開発により腕時計に複雑という世界を取り込み、1924年初めてトリプルカレンダー付きの時計を既に発表していたヴァシュロンとの共同開発により1945年、”Cal.484″と共に開発され、ヴァシュロン コンスタンタンの独自のチューニングによりトリカレ”Cal.485″にムーンフェイズ機能を付けた”Cal.495″の前にVをつけ、特別なものとしての証をつけた。それは2,3,4番車を一つに纏めたジュラ様式のしなやかな曲線で表現されたブリッジにジュネーブ湖畔の静まり返った明方の雨の滴が落ちたる湖畔に広がる波紋のようなコートドジュネーブが施され、そこに備えられたビジョンブラッドの受け石のエクストラルビー、かなりのでかめのチラねじテンプから昇りつめるブレゲヒゲゼンマイとその先に見るビーンズプレートのヒゲ持ちさえも美しさのキャンパスの一部となり、それが高級機”スワンネック”仕上げとすることで、クロノメーターロワイヤル伝説となる”Cal.449″のDNAを引き継いだ18000振動の最高の熱き魂が感じられる最高の逸品であること、そして世界三大時計としての威厳を100年経とうが、200年経とうがこの逸品が確実に証することを皆様にお伝えしたい。

Heuer Monaco The first model Mark.2 Ref.1133G Cal.12 The first Auto Chronograph and Water Proof Square Case / ホイヤー モナコ ファーストモデル マーク2 世界初自動巻きクロノグラフ&世界初角型防水ケース 入荷


On October 24, 1971, Jo Siffert met his tragic fate. During the World Championship Victory Race at Brands Hatch, his BRM P160 lost control at Hawthorn Bend, crashed, overturned, and burst into flames. Siffert was unable to escape. He was only 35. Fifty thousand people attended his funeral in Fribourg. In 1968, Siffert became an official Heuer ambassador. After Heuer created its pioneering automatic chronograph in 1969, two legendary watches were presented to Siffert and his friend, Hollywood star Steve McQueen: McQueen received the Monaco, while Siffert received the Autavia—a watch that embodied the very history of Heuer.

 

1971年10月24日、その運命の時を迎える….
ブランズハッチで行われたノンタイトルF1レース”ワールドチャンピョンシップ ビクトリーレース”でポールポジションから出遅れ、4位追い上げた15周目、シフェールのBRM・P160はホーソンベントてコントロールを失い、コース脇の土手に衝突、横転し炎上したマシンから脱出出来ず帰らぬ人となった。35歳、故郷フリブールで行われた葬儀では5万人のスイス国民が参列した。
彼は1968年オフィシャルスペンサーとしてホイヤーと契約、1969年、ホイヤーが世界初のクロノグラフの開発に成功すると、友でありハリウッドスターの”スティーブ・マックイーン”と共に二つのモデルが手渡された。スティーブにはモナコ、そしてシフェールにはホイヤーの歴史そのものと言われる”AUTAVIA/オウタヴィア”が手渡された。

 

 

 

 

20世紀最大の出来事となった人類を月に行かせるという最大のイベントの中で、宇宙船の計器が全く作動しなくなった時の対策として時計を命綱として考えたNASAの時計メーカーとのオフィシャルスポンサード選定は、マーキュリー計画の中で各パイロットがNASAの用意したモデルの中で個々の意思で使用することを主に置きその中で最初の選定を行うことを実施。その後、各パイロット達の使用状況や結果により、振るい落とされた最終選定は、ロレックス、ロンジン、オメガとなり、1964年までの過酷な最終テストはオメガとの契約として幕を閉じることとなった。
当時アメリカにいたホイヤー社の後CEOとなり名誉会長となったジャック・ホイヤーは、その選定での現実をいち早く知り、ワックマン設立の立役者でもあったジョルジュ・カルパリ(ブライトリング広報担当)との出会いにより当時のブライトリングCEOである”ウイリーブライトリング”と出会うこととなり、この現実を告げ、特にマーキュリー計画上での選定の中でいち早く選定から外されたブライトリングにとっては衝撃的であり、1969年に月面に人が降り立つという20世紀最大の出来事となるNASAとのスポーンサード契約が決まったオメガの一人勝ちとなるオメガの市場を阻止する為に、ウイリーブライトリングに世界初なる自動巻きクロノグラフを1969年までの開発、アポロ計画の1969年に発表することを目標とした開発を持ちかけ、1964年デュボア・デボラ、ハミルトンを巻き込み、そして一番難題となったクロノグラフ機構に自動巻きを搭載するという現実にクロノグラフ機構の中に自動巻きの機構を取り入れることを考え、その技術として当時、マイクロローターの技術を確立していたビューレンにその開発を担い、1969年に世界初自動巻きクロノグラフを発表、キャリバー11”が誕生した。
そしてそのキャリバー11は、当時、計器としてホイヤーの歴史を築いてきた最大のモデルであるオータヴィアに搭載。そして逆に新しいモデルをも発表。モナコ誕生である。
しかしそれは世界で始めての防水角型時計の開発を試みたこととなり、一口に並大抵の労力ではなかった。早速、ジャックは、当時パートナーとして組んでいたケースメーカーの”ピケレ社”と組み、開発に当たったが、当然防水としてスクリューバックとしては無理。スナップでは本当の意味で防水を可能には出来ない。そして考えたのは2つのインナーケースとアウターケースを重ね合わせその間に厚手のパッキンを入れ、防水にすること。それはインナーとアウターが重なり合う微妙なずれも許されない高度な技術が必要とされた。まずは、当時、誰も成しえなかった2つのステンの塊を正方形に貫き、それも、CNC旋盤機が無い時代に、微妙なずれを1㎜の誤差も無くしみごと作り上げた。しかし、右に配するクロノグラフの2つのプッシャーと左に配するメインクラウンをスムーズに操作する穴をインナー、アウターケースにひっかかりも許されない穴を開けなければならない。当然現代のように旋盤機が無い時代、スタンピングで穴を開ける方法しかない。そしてそれはアウターをU字型にくり貫くことにより成功した。そして1968年にモナコ第一号が完成し、 1969年に発表。同時にジャックはマーケテイング戦略として、レーサーであった”ジョーシフェール”と、アメリカの俳優でありレーサーでもあった”スティーブマックイーン”二人にオータヴィアとモナコをプレゼントすることにした。スティーぶがジョーシフェールに先に選ぶことを促し、ジョーシフェールはオータヴィアを選び、モナコをスティーブが譲り受けることとなり、スティーブが主人公となった映画『栄光のル・マン』上映の翌年、”ジョーシフェール”はレース中の事故でこの世を去ることとなった。それ以後スティーブは彼との思い出を大切する中で、彼とジャックから譲りうけたモナコを永遠に腕にはめ続けたという。
その1969年に発表されたモナコに与えられたリファレンスがRef.1133である。そしてそれは青きブルー文字盤であったが、1970年にシックでより大人の色気を感じさせるグレイ文字盤としたイニシャル”G”が与えられたRef.1133Gが発表された。
今回ご紹介する逸品はそのモナコファーストモデルであるRef.1133のグレイ文字盤となる1133Gであり、希少過ぎる一品である。当然、世界市場から消えた存在としてモナコ1133Gは伝説となり幻化になってしまったモデルである。機械は1970年にローター部分が改良された”キャリバー12″を搭載。クロノグラフ完全稼働、零帰ポジションは完璧。当時のままの状態でお届けしよう

 

Patek philippe Square Tea drop Lug 18k Solid gold Ref.1432 Cal.10-200 1944’s Archive / パテックフィリップ スクエアー&ティアドロップラグ 18金無垢 10系200キャリバー 1944年製造 入荷

The true story that serves as a guide into this magnificent world of form begins in the 1920s, when Caliber 10 came to life. While establishing a culture of wristwatches for women, Patek Philippe deliberately extended its vision into men’s watches in pursuit of an ever-wider variety of forms. This evolution led to the 10-105, then the 10-110, and ultimately to the Caliber 10-200—a caliber that speaks of the final era in which stability was achieved through the substantial mass of the balance.

Although it may appear as if the 12-ligne family had simply been scaled down, the Caliber 10-200, with its beautifully oversized, old-world balance screws and an ideal frequency chosen to complement them, possesses a character entirely its own.

From the second, third, and fourth wheels, turning on bearings of distinctive pigeon-blood-colored natural ruby, it inherits the last of that austere and uncompromising spirit of traditional watchmaking. That spirit awakens an insatiable pursuit of precision through the escape wheel and pallet fork, ultimately rising from the screwed balance into the elegant form of the Breguet overcoil hairspring—transforming mechanical precision into the finest dialogue with time.

 

 

 

 

その者にあてがう相応しい表方法とは、時にその者の価値を損ねてしまう時がある。それが偉大な存在であればあるほど、それに全うした表現方法が必要となる…..

それが現実にここにあるとしたらどうだろうか


Ref.1432…


それはアールデコという近代的造形にプロセスをおいた角型の造形を極めんが為に、あえて退廃的な存在であるアールヌーボーという世界を呼び起こし、ティアドロップという曲面の美しさを融合し、新たなモダニズムの世界を表現したと言えよう。更にそこには金無垢という素材ではなく、あえてステンレススティールにすることでモダニズム文化の象徴として表現しやすくなったとも言えよう。

しかしその偉大なる造形世界への道しるべとなる真実のストーリーは1920年代、”キャリバー10″が発動し、女性という文化を築きながらも、あえて様々な造形への軌跡を求める為にメンズへの展開を図り、10-105、そして10-110へと繋ぎ、テンプの重みで安定性を図った最後の時を語らう”10-200キャリバー”という存在がある。

12系をサイズダウンさせたように見えるが、その古き良きでかめのチラねじとして最高の振動数を与えられた”キャリバー10-200″の存在は、そこから繰り出されるビジョンブラッドの天然ルビーを軸受けとした2,3,4番車から最後の凛冽の魂を引き継ぎ、それはガンギとアンクルの精度への欲望を掻き立て、チラねじから上りつめたブレゲヒゲゼンマイとして最高の時の語らいへと変えていく。当然そこにはビーンズのゼンマイ受けとバックラッシュを無くす為にスワンネックというバネをサイドから留め、きめ細かい微調整を可能した最高の称号となる証を踏まえ、日差+10秒という最高の結果を導き出す。

その存在こそが、この角型ティアドロップ”Ref.1432″の造形の原点とも言えよう
そんな希少なステンレスモデルの角型ティアドロップ、現在市場から消え失せ、まず見つかることのない存在として、世界のコレクターから愛され、何十年も探し求めた方もいたはず、そんな最高の一品が目の前のあることを私としても感謝し、この一品を手に入れることの出来る人生においてラッキーなあなたは、このストーリーを必ず心に秘め、何十年も先きにあなたの歴史のストーリーと共に、この感動を伝えて頂きたい。

 

 

Breitling The first Chronomat Model Ref.769 Cal.175 18k Solid gold Patent Numner.217012 / ブライトリング クロノマット ファーストモデル Ref.769 18金無垢 入荷

 


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3 × 18 … Set “18” on the outer scale opposite “3” on the inner scale. The inner scale then indicates “54” opposite the starting point “1” on the outer scale…

54 ÷ 18 … Set “54” on the inner scale opposite the starting point “1” on the outer scale. Opposite “18” on the outer scale, the inner scale gives the answer: “3”…

To determine the speed when one kilometer is covered in 40 seconds, set the starting point “1” on the outer scale at the 12 o’clock position. Opposite “4” on the outer scale, the inner scale reveals the answer: 90 kilometers per hour…

Yes—the very words “slide rule” once captivated the world.

In 1942, the world’s first wristwatch equipped with a rotating circular slide rule was born. As proof of this groundbreaking invention, the Swiss patent number “+217012” was inscribed on the dial.

And directly beneath Breitling’s cursive emblem at the center of the dial was written the name that would become a legend…

 

1942年、すべてがここから始まった


クロノマットファーストモデル……..


3×18…….外側スケール”18”を内側スケール”3”に合わせる。外側スケールのスタートポイント”1”と対峙する内側スケール”54”をはじき出す….
54÷18…..外側スケールのスタートポイント”1”に内側スケールの54を合わせ、外側スケールの”18”と対峙する内側スケール”3”をはじき出す….
40秒で一キロを走り抜いた時のスピードをはじき出す外側スケールのスタートポイント”1”を12時位置に合わせ、外側スケールの”4”の対峙した内側スケールがその値90キロとなる……
そう、計算尺という響きにちょうど69年前、世界の人々が釘ずけとなった。1942年、世界で初めて回転式計算尺を装備したモデルが誕生した。その証をスイスパテントナンバーの証として”+217012”をダイアルに刻みセンターのBreitlingのカーシブなエンブレムの真下にその伝説の名を刻んだ…….

CHRONOMAT/クロノマット…Ref.769

今回、この逸品に出会えたことにまず、私は感謝したい….そう奇跡という出会いに….
触った瞬間に感じるずしりとくる重量感、指先まで伝わるこのメタリアル独特の温かみ…それは心の中から躍り出す歓喜なざわめきと共に18金無垢ローズゴールドの永遠なる輝きの証となっていく….始まりという名のこの証は空の世界を制し、そしてそれはスイスクロノグラフ協会設立のきっかけとなり、後にくるナビタイマーという歴史にのこるモデルまで誕生させた….

市場にまず出回るこのない今回のクロノマットファースト18金無垢のこの逸品、更に60年以上前の当時のマニュアルガイドブックまで今回お付けしての出品です。お金を出しても買えない逸品とお金を出しても買える逸品との違いをあなたはわかるだろうか……出会った時が別れの時になるかもしれない逸品。歓喜な喜びと後悔という別れ…さあ、あなたはどちらを選びますか…….

 

 

Longines legendary One Push Chronograph Caliber.13.33 18k Solid gold Hunter back Case / ロンジン 伝説クロノグラフ キャリバー13.33 18金無垢 ハンターバックケース ワンプッシュクロノグラフ 入荷


One of the greatest dramas of the 20th century—man’s first steps on the Moon—began with NASA’s search for an official space watch.

Unlike the Mercury program, Apollo required rigorous official testing. In 1965, three Swiss brands reached the final trials.

Across eleven extreme tests involving temperature, shock, and magnetism, Rolex stopped functioning and its hands became distorted, while Longines suffered crystal failure.

Only Omega completed the trials and received NASA’s official approval for the Apollo missions.

But was this really the whole story? The truth remains a mystery.

 

 

 

 

 

 

 

 

月面に人が初めて降り立つという20世紀最大のドラマは、腕時計メーカーをパイロットが自由に選定装着できるマーキュリー計画からNASAが国家的事業として腕時計メーカーを公式に選定とするアポロ計画の移り、1965年、当初10社まで絞り込まれたメーカー選定は3社のスイスメーカーが最終選定に残り幕を閉じることとなった…..
温度差、磁気など11項目における過酷な選定に対し、ロレックスは途中時計が止まり、針などが変形し測定不能となる。ロンジンは2度のテストで風防が破損してしまうという同じ結果に対し、すべてのテストをこなしたオメガに最終決定が下されることとなった。

しかし1878年、クロノグラフのマニュファクチュールとしての技術力は、アポロ計画の最終審査に残るだけでなく、唯一の自社ムーブメントとしてテスト選考されたのはロンジンのみであり、こうして世界のクロノグラフメーカーとして世界を魅了することとなったのは言うまでもない。
1913年13.33という腕時計で、初めてクロノグラフを作動しリセットされた針が瞬時に稼働するフライバックシステムを開発、その技術は軍用として開花し1935年、18.72キャリに至る。1936年にはロンジンの歴史の中で最高傑作と言われた”キャリバー13ZN”が誕生する。この時点で神の域に達したと言われたネジ一本から自社生産というマニュファクチュールにおけるこのクロノグラフは1947年の”30CH”、1957年の”Cal.530”を含め伝説として語り継がれていることは間違いない…..

リセットハンマーにリセット用のスプリングとは逆側にスプリングを装備することで、リセットハンマーが常時ハートカム部分に接することがなく、リセットした瞬間だけハートカムに絡み、スライディングギアの先にロングのアームをつけることで、カップリングクラッチがリセットボタンを押された時にピラーのリム部分に入らないようにする。リセットされた場合でも、トランスミッションホイールは秒積算計ホイールとジョイントし続けることとなりフライバックは完成する。更にスライディングギアにリセットハンマーが触れる場所に突起状のストッパーをつけることでクロノグラフの弱点でもあるリセットされた場合の0ポジションへの戻りを完璧なものとした。
すべてのパーツにアングラージュの面取り、そして鏡面仕上げを施し、実用、耐久性を考慮した技術力に加え、美しさという概念も忘れない究極のキャリバーがここに存在する。特に今回の一品、パテックの美である96ヒストリーとして語られる”カラトラバベゼル”という存在は、ロンジンというクロノグラフのマニュファクチュールに最高の美を与えることとなることはこの18金無垢の輝きと共にこの一品が証明している言えよう。

 

 

 

 

 

Tiffany & Co By Movado Chronograph Cal.95M François Borgel’s Case as same Patek Philippe 1493 / ティファニー By モバド 伝説クロノグラフ 95M フランソワ・ボーゲル社製 入荷 


その独特的な厚みのあるふっくらとしたケース。世界で初めてとなるスクリュー式の裏蓋を懐中時計で開発したフランソワ・ボーゲル社製、ご存じパテックフィリップRef.1493の同型ケースとなり、防水時計にだけ許されたマッシュルーム型竜頭は1493パテックそのままを感じる最高の造形美となる。機械はマニュファクチュール世界3大クロノグラフと言われるGキャリバー95M。クロノグラフ機構全てにアングラージュを施し、各スプリングの強度に重点をおき、実用性クロノラフとしては右に出るムーブメントはないだろう。 ティファニーとしてのWネーム、納得するはずである。

 

Its uniquely thick, beautifully rounded case has an unmistakable presence. Made by François Borgel, the pioneering case maker who developed the world’s first screw-back case for pocket watches, it shares the same case design as the celebrated Patek Philippe Ref. 1493. Even the distinctive mushroom-shaped crown, reserved for water-resistant watches, strongly evokes the Ref. 1493, creating a truly exceptional sculptural beauty.

At its heart is Movado’s manufacture Calibre 95M, often regarded as one of the world’s three great in-house chronograph movements. Every component of the chronograph mechanism is meticulously finished with anglage, while particular attention was given to the strength and durability of each spring. As a practical, highly reliable chronograph movement, few can rival it.

And with the prestigious Tiffany & Co. double signature on the dial, everything about this extraordinary watch simply makes sense.

 

 

 

 

 

ニューヨーク、マンハッタンを南北に流れる通り『Fifth Avenue』、”五番街”。信号にかかる”5AV”の看板をみると、『ニューヨークに来た~』と感じで、初めて行った方は、ついイエローキャブに手を上げてしまう人もいたはず。両サイドに犇く高級ブティックに颯爽と入るブラックスーツの綺麗な女性に憧れを感じたことを思い出す…そんな”フィフスアベニュー”で一際目立つのが1837年、創業のチャールズ・ルイス・ティファニーとジョン・B・ヤングの二人が、”ティファニー・アンド・ヤング”を前進としたブランド”TIFFANY & CO”が、当時リテイラーとして、複雑時計を得意としたマニュファクチュールを基盤としたモバドを販売していた1940年代後半の最高の一品をご紹介したい。当然、世界の女性達の憧れとして歴史を飾り、ティファニーダイヤとしてり名声もほしいままにし、時計の分野においても1866年のティフアニータイマー独自機構とするストップウオッチの開発、そして1870年には、バティック・フィリップの後押しも有り、ジュネーブに時計の自社工場も建設し、ムーブメント供給もパティックと契約したことから、ミニッツリピーターなど、数多くのクオリティーの高い時計を製造していった。しかし1930年頃に入ると、世界大恐慌の波を受け、徐々に売り上げも落ち、時計の製造工場もストップ、華やかティファニーの時代は、暗雲の時代へと転がり落ちていった。40年には、現在のフィフスアベニューへ移ってからは、第二次世界大戦での影響も有り、ニューアークの工場で軍事用の精密部品などを造り、一旦、持ち直しを見せたがも、1952年頃からは、パリ、ロンドンからもティファニーが消え、ブローバなどにも買収(ブローバのダブルネームが多いのはこの為である)されるなど、波乱万丈な歴史を歩んできたのは事実である。そんな歴史の中で、やはり時計ファンが、夢中になるのは、その暗雲立ち込める自社工場から一転、他社スイス時計メーカーから時計自体を購入し、ティファニー自ら下請業者にダイアル製造を依頼し、ティファニーとして販売していた1940,50年代の一品の一品であろう。当然、その頃の一品はたまらなく風情があり、クオリティーの高いものもあるから止められない。しかし、当然、ダイアルだけがティファニー製である為、そのダブルネームの希少性、人気性からも偽物も多く、鑑定が難しい物が多いのも事実である。当時、3社のダイアル製造業者と契約していたことも有り、そのカンパニーネームが刻印されているものもあるが、ほとんどが無いのも事実、当然、リダンされているものは偽ダイアルであり、そのリダン痕を見極めるのは、ある程度、経験のあるアンティックショップでコツを教えてもらい、20mmのキズ見で見れば、素人でもわかるはず。本物は字体の線先まで繊細で力強い、又アンテッィクショップでも見極めれない個体に関しては、修理の出来る時計屋さんにダイアルの裏を外してもらい、裏を確認したほうが良いだろう。実はティファニーのダブルネームのほとんどが、ダイアル裏にドブ漬け(綺麗に仕上げる為に液にダイアルを漬ける)の痕跡があれば100%リダンで偽ティファニー、当然、爪足の欠損、溶接痕、ボンド着けもあるから要注意、ティファニーダブルネームの場合は、そこを厳しく追及してからの購入が必然であろう。

そんなティファニーの取り扱いブランドの中でも3本の指に入るのが、今回ご紹介させて頂くモバドである。それも今回、ご紹介させて頂くのは、モバドの歴史の中で最高傑作と謳われ、ロンジンの13ZN,30CH、ミネルバの13-20CHに並び世界3大クロノグラフと世界が賞賛した12時間積算計を装備した”Cal.95M”クロノグラフのティフアニーモデルである。一目見て汚いと思う方はいるだろうが、その先に見る本当の真実はキズ見で見た瞬間、溢れんばかり感動を味わうことは間違いない。その経年のヤケがダイアル全体に広がり、均整整った繊細な”TIFFANY & CO”の文字、トビもせず、そのままの状態で50年の時を”カレ”という経年劣化がトリチウムの盛り上がりを彫刻のように美しく表現している。そしてそこに同じように50年の時を証するブルースティールのペンシルハンド、真っ赤なセコンドハンド、それらすべてがこの一品を特別な存在として、そして世界のリテイラーの頂点を極めしストーリーと、手巻きクログラフの頂点を極めたストーリーを重ね持った最高の逸品としてここに存在し続けていることは夢でも無く、紛れも無い事実であることを皆様にお伝えしたい。