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ROLEX OYSTER ROYALITTE FLATBACK Ref.2675 Cal.10 1/2Line 24 Red Numbers Hours Oberservatory Dial ロレックス オイスター ロイヤリティー Ref.2675 Cal.10 1/2 24時間レッドアワー



1931年、11 1/2 ラインとして制作された世界初自動巻き、機械とローターを凛冽する中間車が両方向からの回転を片側に整流させて巻き上げる方巻き上げが主流であったことで、二つの歯車を重ね合わせることで整流に対応し、そこにバックラッシュを起こさないようにそれぞれの歯車に二つのパーツを装備させることで、必然的に高くなり通常の裏蓋では機械が裏蓋に当たってしまうことで、バブルバックは誕生したが、その中間車を取り除けば、当時の手巻きの機械が顔を出す。未だキャリバーナンバーとしては与えられていないが1931年にスモセコ620キャリが誕生し、23.3mmの10 1/2ラインのスモセコ520、センター530キャリが1936年に誕生していくが、それぞれ手巻きの11 1/ラインと10 1/2ラインがベースとなっている。

今回の非常に希少とされるRef.2765はその関係性を紐解く最高の逸品である.ケースは誰が見てもバブルバックであるが、機械は530機のベースともなっている手巻き10 1/2ラインである。当然、ローターと機械の巻き上げの為の中間車は無く丸穴車か存在するが、その中間車をこの機械に綺麗にとりつけられることからも、同系を使用しているのが理解出来よう。ここで何故ケースがバブルバックとそっくりのミドルケースなのか。それまで手巻きが主流であったことで、手巻きに慣れている方や片方からの巻き上げである為に、腕を動かさないような方には当時、自動巻きが欠点となり、手巻きの機械に成り親しんでいた方からの要望で、急遽、バブルバックに手巻きを加えることを利用したのではないかと考える。特に2765を例にとると、その存在のほぼ全てにシリアルナンバーは100000番台以上であることで、1940年以降に存在したこととなる。今回の一品も1941年であり、ポイントはこの時代、未だラグ部分にシリアルナンバー表記がなく、裏蓋にシリアルナンバーを刻んでいたことで、裏蓋ケースを交換するだけで、手巻きの変更を可能としたのではないかと考える。特に2940と酷似すると言われるように、2765の裏蓋が2940に綺麗にはまってしまう。そこには急遽2765という手巻きの機械をセットできるしくみを利用したのではないかと感じる。そんなミステリアスなストーリーを感じる今回の一品はその風貌から単なるオイスターではなく、フラットバックというネーミングまで与えられた。1941年製造。10 1/2ラインで、天輪は凹凸のリム部分にチラネジを装備することで、今迄の飛び出たチラネジが天輪の回転により及ぼす抵抗力を軽減することで、精度の安定性を計ったスーパーバランステンプを採用。文字盤には高級仕様としたペットネームとして”ROYALITE”の文字を描き、天文台クロノメーターに準ずるレベルを意味するOBSERVATORYを大きく文字盤に表現し、そのことを意味するように24時間表示をインダイアルとして赤く描きたることで、オブザーバトリーダイアルとも言われる最高の逸品である。

 

The mistery Story of ROLEX MARCONI Cushion Ref.038 By Oyster Watch Company Cal.51 Damas Nickel-chrome plating(SNOWITE) Circa 1930’s / ロレックス マルコーニ クッションの謎解き物語 Ref.038 Cal.51ダマス ニッケルクロムメッキ 1930年頃製造 入荷


 

 

“ロレックスマルコーニ”

様々な時計が世界中で販売されているが、実はほとんどが、偽物である。その定義とは誰もが知らない現実がそこにはあったが、今回、POWER WATCHの雑誌のコラムを見て頂いている多くの方々からネットでロレックス マルコーニを売っているのがあるが偽者かどうか、又、当社が真偽鑑定をさせて頂いている業者の方からも、マルコーニのついて世界中の文献を探しても誰も掲載していない、購入すべきかを聞かれる機会が増えたことで、今回、2回に渡りお話しをしたい。そしてマルコーニの話をする上で登場人物としてこの一本をご紹介したい。

“ROLEX MARCONI Ref.038 OYSTER WATCH COMPANY”

実はこのロレックス マルコーニもそうだが、以前、当社のホームページでも掲載したロレックス ユニコーンの謎解きのように、共通点があり、その共通点こそが、マルコーニ、ユニコーンとも誕生の始まりと言っても過言ではない。

ロレックスが最初に世界にその名が知られるようになった出来事を知っているだろうか? ロレックス社となる前身である創業者であるハンス・ウイルスドルフ(Hans Wilsdorf)と義兄弟であるアルフレッド・ジェームズ・デイビス(Alfred James Davis)とイギリスで立ち上げた”ウイルス&デイビス社、ご存じ、よく1930年頃までのロレックスのケースの裏に刻印されている”W&D”紋章の会社である。そのウイルス&デイビス社として1910年に小型レバー脱進機を搭載した時計をビエンヌの公式精度検定局に出して世界で初めて腕時計として公認歩度証明書(クロノメーター)を取得したことで、小型化されたレバー脱進機を乗せた時計が懐中時計と同じ精度をたたき出すことを証明し、スイス時計産業において革命を起こしたと言っても過言ではない。そのレバー脱進機を提供したメーカーはどこか? 当然ウイルス&デイビス社は、機械の開発に投資はしていたものの販売会社とした商社であり製造業ではない。ではどこが、実はここにマルコーニたる名が1911年に誕生してくる。1911年1月24日、ウイルス&デイビス社としてマルコーニ レバー脱進機として商標登録をしている。そしてこのマルコーニレバーの製造会社として登録されているのが、GENERAL WATCH COMPANY/ジェネラルウオッチカンパニーである。そしてこの二つの会社の共通点は、ウイルス&デイビス社は当時の事務所の所在地でもあったLa Chaux-de-Fonds(ラ・ショー=ド=フォン)でマルコーニレバーを登録し、ジェネラルウオッチカンパニーはラ・ショー=ド=フォンで創業し、後、ビエンヌに移転している。この二つの都市も共通している。これはジョン・エグラー以外にハンスは投資をし、機械部品の開発を考案し、ジェネラルウオッチカンパニーに作らせていた、あるいは権利自体を買い取ったのではないかと推測する。その後、ロレックス社として登録した後でもハンス・ウイルスドルフ.ロレックスウオッチとして1923年8月31日ににマルコーニ プリマ(PRIMA)、スペシャル、スタンダードとして商標登録し、11月20日にはマルコーニ ウオッチとして初めて商品登録している。そしてハンスは後にDAMAS社としてエボーシュメーカーとした当時Beguelin(ベゲリン)社にマルコーニレバーを搭載した機械を作らせ、完全なるハンス・ウイルスドルフの考案した時計として世にだしたと言えよう。その場合にマルコーニウオッチとして販売する時計には、その意味たるMARCOINIの刻印を角穴車に刻み、文字盤にはそのマルコーニを印象づける為に文字盤にはROLEX MARCONIと名を刻んだ。同様にユニコーンも実は1919年5月17日にハンス・ウイルスドルフとしてユニコーンレバー脱進機として商標登録している。面白いことに1923年11月20日にはその脱進機の名をとり、UNICORN WATCHとして商標登録し、ユニコーンブランドの機械もBeguelin(ベゲリン)社製である。マルコーニウオッチとユニコーンウオッチは全く同じ日に同じレバー脱進機から名をとり、ブランド名として商標登録している。当然、ユニコーンブランドの場合にも角穴車にUNICORNの名を刻む。そしてこの二つともブランド名としたが、ロレックスのブランドであり、脱進機を軸にしたことで、文字盤には今迄の定説であったロレックスブランドとの格差をつける為にROLEXの名を入れないではなく、ROLEXの名を必ず文字盤に入れる必要があった。これはエグラー社と違うラインとして様々な方面からロッレクスはマーケティング戦略として1910年の世界初腕時計のクロノメーターとしての機械を世に出した威厳と何よりもROLEXブランドのカッコたる確立をあらゆる方面から見いだしていったのではないだろうか、特にビエンヌでのジョン・エグラーとビエンヌ社とハンスに惹かれるようビエンヌに移転したジェネラルウオッチとは全く接点がなく、関係した資料も全くない、そこにハンス・ウイルスドルフとの奇妙な三角関係、そしてBeguelin(ベゲリン)社の存在。ファミリー企業としてあえてハンス・ウイルスドルフのロレックス社と独立した道を歩みながらロレックス・ビエンヌとして共にロレックスと歩んだエグラー社を緊迫した関係を作ることでハンスは3社、そしてそれ以外の業者をうまく使いわけをしたのかもしれない。

ほとんどのスイス時計メーカーが時計職人から誕生し、その歴史そのものがブランド価値とした時代に、小型化にしたレバー脱進機を腕時計に搭載し公式認定局に時計職人の道を持たず、営業マンとして時計メーカーを立ち上げたハンス・ウイルスドルフ自身が、その自らの名で申請し、1910年に世界で初めてクロノメーターを取得した偉大な偉業は、ハンス・ウイルスドルフ自身の名で、翌年にマルコーニレバー、ユニコーンレバー脱進機として商標登録した。根強く残る時計職人達のプライドで築かれたスイス産業に対して、当時異端児としたハンス自身のある意味、挑戦状であったのかもしれない。

そんなお話しをしながら、今回の主役であるこの一品が、このストーリーを完結へと導く。1927年にハンス・ウイルスドルフ自身が会社登記をしたOYSTER WATCH COMPANYとして製造されたこの一品はロレックスとの共有オイスターケースで裏蓋の刻印”SNOWITE”の意味たるニッケルクロムメッキの独特の風合いを醸し出し、龍頭はロレックス社のオイスターMMのビッグ竜頭。機械は今回のストーリーの主役の一つであるゴールドメッキされた特徴のあるBeguelin(ベゲリン)社製ムーブメントのキャリバー51系。当然、角穴車にMARCONIの刻印がある。そして文字盤は3マイクロシーベルトとして放射線をしっかりと検知した純正の文字盤であるが、上から綺麗に直しが施されている。この放射線数値がロレックスの同ケースモデルであった場合には、放射線の数値が20マイクロシーベルト以上であることからも、ロレックスとの格差は夜光にも関係していたことになる。そのストーリーを語る唯一の一品であることをお伝えしておこう

 

Wakmann Watch Co Venus Cal.178 Chronograph Made in France 37mm Chrome-plated case / ワックマン クロノグラフ ヴィーナス178キャリバー 希少フランス製 37mmオーバー クロムメッキ 入荷


I obtained a postcard dating from 1945, shortly after the end of the war. It was sent from France by Mr. Wakmann to Willy Breitling, then CEO of Breitling, and contained a message concerning the establishment of a new factory in France.

MADE IN FRANCE

The word “FRANCE”, sometimes stamped on Wakmann movements and cases, is evidence of exactly what that postcard described: these watches were produced at the newly established factory in France and exported to the United States.

In accordance with U.S. import regulations, they were also required to carry an import code—“WOG,” the code associated with Breitling and Wakmann.

 

 

 

一枚のハガキを入手したそれは戦後間もない1945年にワックマン氏がフランスから当時のブライトリングのCEOであるウイリーブライトリングに送られた一通のハガキで、そこにはフランスでの工場設立に対するメッセージが書かれたものである

MADE IN FRANCE

ワックマン時計の機械、ケースに時にこのFRANCEの文字か刻印されるのはそのハガキ の通り、フランスで設立された新工場からアメリカに輸入された証でありアメリカン法に基づきインポートコードを余儀なくされた”WOG”ブライトリングとワックマンの共有コードを刻む。

1942年、ポルトガルでスイス時計ブランドの正規代理店を務め、1946年にはニューヨークにワックマン・ウォッチ・カンパニーを設立しブライトリングの総代理店としてオフィスを構えた。しかしこれは1947年に上場を果たすBREITLING USA(BREITLING WATCH CO OF US)とする為に設立されたと言っても過言ではない。設立した当時、世は第二次世界大戦中、このフランスでの工場設立の裏には、ナチスドイツにより迫害された人たちの保護などナチスの弾圧に対しカを注いだのは有名な話であり、その先のビジネス”としてフランスに工場を設立したのもワックマンの人格そのものの先に見る真実のであると言っても過言ではない。
そんな一時代を築き第二次世界大戦の中で人々の為に生きた人生の終着として彼は時計という世界に魅了され、人生を全うしてきたのかもしれない。その意思を証するかのような今回の一品。
178クロノグラフ。通常、ワックマンとしての時計に関しては、ブライトリング社との関係の中での理由なのか、ランデロン社の廉価盤の機械を使用することが多いが、この一品の最高のストーリーの主役は機械内部である。ただナビタイマーはブリッジをブライトリング仕様、カップリングクラッチなど摩耗しやすい部位は面取りを施し、リセットハンマーの駆動軸にはシャトン留めを施すなど違いはある。それにしてもワックマン単体の個体で178はかなり希少であり、ワックマンの歴史からも見ることが出来るように、機械にはアメリカ向けインポートコードであるWOGとその横に”FRANCE”の文字が強く刻まれ、フランスでの製造品であることがわかる。
フェイスは178キャリに劣らないだけのオーラを秘めたブラックダイアルでローマンアワーマーカーズとなるローマンの数字に彩られたラジウム夜光が最高のミリタリー時計。としての存在感を醸し出す。当然、文字に描かれたように6時位置の製造国を示すカントリーネームは”FRANCE”。又そのペットネームとなる”INCABLOC”のごとき、耐震機能はインカブロック式でミリタリーの要素満載であり、全て当時の純正パーツを搭載し、全体的から感じるその存在感まるだしオーラは威圧感を感じるほどである。

 

Official British Royal Air Force PIERCE WATCH Legendary Up Down chronograph Cal.134 — Broad Arrow Marking Army code “PT” / 公式イギリス空軍官給品 ブロードアロー & TP コード “ピアース クロノグラフ” Cal.134 入荷 


The official British Royal Air Force issue from Pierce, the maker of the world’s first vertical-clutch chronograph.

Pierce built a legend with the Caliber 134. Their pioneering technology in the “up-down” (vertical) chronograph dial layout led to the watch being officially adopted by the British Royal Air Force.

The story of this legend is evidenced by the proud inscription on the caseback, marking its ability to measure time to a quarter of a second. Furthermore, the caseback is deeply engraved with the “Broad Arrow,” denoting its status as an official British military issue, along with the “PT” marking—a testament to its storied heritage.

 

永久秒針と分積算系のシンプルなクロノグラフの世界に縦目に表示する、通称”インダイアルという世界を誕生させ、その存在たる定義を垂直クラッチとという世界をも作りあげた伝説の名機が存在する。

キャリバー134

4時位置に配置されたクロノグラフのプッシャー、独特のロングレッグに外周にドットの彫金を施し、ピアースの存在価値を誰が見ても理解できるデザインのそのプッシャーを押すと、その垂直クラッチ独特の世界が動き始める。

通常、長いオペレーティングレバーがプッシャーからのトルクをピラーホイールに伝えるが、縦目にクロノグラフが配置されることで、プッシャーのトルクは短いオペレーティングレバーによりダイレクトにピラーホイールに伝えることができる。その瞬間にクラッチングホイールが動きだし、直接クロノグラフランナーに伝わり秒針が動き出す。しかしそこには4番車の秒駆動と繋がるドライビングホイールが存在しない。そしてバルジュGHT、後キャリバー22を主軸としていた時代に、基本的水平クラッチとした世界がどこにもない。オペレーティングレバーから始まるピラーホイールを中心としトルクをドライビングホイールからクロノグラフランナーへと繋ぐ単純作業に対し、10個以上のバネを有することで、リセットハンマーまでのストーリーを作ってきたが、このピアースの世界はその概念を一掃する。それぞれのバネがく、何とドライビングホイールがなく、中心軸のクロノグラフを0ボジションに戻すハート型のカムの下にその二つのホイールを有することで、厚さはますが、単純明快となり、クロノグラフのとの凛冽間隔を調整するネジもなく、技術者にとってはかなりメリツトを感じることが出来よう。この世界を、垂直クラッチの世界を築いたのがピアースである。しかしその時代、エボーシュ化が進んでいた時代にあえて、独自の世界を築いたことで、不評も絶えなかったときくが、その技術力はイギリス空軍が命綱として使用したように1/4を計測でき、全てにおいて独自の世界に公式官給品としの存在があった。しかしその存在を見た者は少なく、実際には存在しなのではないと言われたが、ここに存在する。

この一品がその真実のストーリーを開花させる。

1940年頃から始まるイギリス軍が公式に官給品として支給される時計にブロードアローの刻印を必須とした証、そしてピアースの場合、この機械を開発した1930年頃から支給されたこともありブロードアロー刻印以前の1940年以前からイギリス空軍の支給コードであるTPが必ず裏蓋に刻印される。今回の一品にも深々と刻印され、その横に1/4 SECの刻印もある。これは1/4秒計測できることを示す。信じられないストーリーはピアースがイギリス空軍から受注を受けたその証として、存在感ある光沢のあるこのブラックの文字盤に機密に描かれたタキメーター、テレメーターの下にミニッツスケールを配置したその存在価値によりこのストーリーは完結となる

 

The first group 1974’s it was born Seiko Chariot 2220-0130 Disco Volante 35mm over / 1974年誕生秘話 セイコーシャリオール ディスコボランテ 2220 Cal.2220A 35mmオーバー 入荷


Up until 1973, these models were listed in the catalog under the “dress watch” group. Then in 1974, with absolutely no changes to their specifications, the “Chariot” group name was retroactively applied. Looking at the daring, heavy Disco Volante of the 2220-0310 (R115) with its oversized case exceeding 35mm, the truth behind this transition finally comes into view.

 

セイコーシャリオ…一見、様々なインターネットで定義たるものが掲載されているが、文字盤にシャリオと名のついた個体は一本もない。では真実の定義とは薄型時計と言われるが、そのほとんどが薄型でもない。2220キャリなどは全体的に薄型であるが、その定義は実はセイコー自身も公式に発表はしていない。では何故、様々な記事が飛び交うのか? シャリオが公式にセイコーのカタログに発表されたのはいつか?セイコーの公式のカタログの特徴は他ブランドと違いグルーブで全て分けられていることである。1966年のカタログには既にドレスウオッチグルーブとして、2519機搭載のモデルの特徴としてシャリオのお株でもある彫金デザインや独特のラグジュアリー形をしたケースが登場していく。キャッチコピーは「フォーマルな服装には」であり、1967年にはドレスウオッチグルーブにゴールドフェザーやスカイライナーがこのグルーブに属することとなる。1968年から初めてカラーとなり、ドレスウオッチグルーブは2519機搭載の角型のモデルが主流となっている。1969年には2559機搭載角型モデルが主流となり、1970年にはご存じ、クオーツとした電池時計グルーブが一挙、名を連ね、ドレスウオッチグルーブは1969年とぼ変わらない2559機の同デザインの角型が主流となる。1971年も2559機が主流となり、そこに初めて2201の自動巻きがこのグルーブに参加してくる。この年からドレスウオッチグルーブには円盤型など、かなりのドレス感を感じるモデルが誕生してくる。1972年にここでやっと2220機が2559,2201同様にこのグルーブに誕生してくるが、デザインはほぼ同じで薄型でもなく、デザインは独特なフォーマル系だが、それまでと変わらない。1973年には2406,2409機が2220、2201機に加わり、デザインはほぼ変わらず、この頃のカタログの主役は因みにキングセイコーパナックやロードマーベルのカットガラスで、セイコーの思いの加減を感じる。1974年にやっと「ドレスウオッチ-シャリオ」グループとして公式な名が登場してくる、4130機が仲間入りするが、2220や2201機が主軸で、ラウンド型が確かに多くなるが、ほとんどが薄型ではない。このシャリオの名、真実の意味は何か、実は単純ではないのかと考える。当時、ドレスウオッチとして世界中に人気が出たモデルが、カルティエのタンクであり、カルティエ自身はセイコーファイブのマーケティング戦略への意図が感じられるが、絶大な人気であり、そのタンクもシャリオも戦車を意味する同じである。特に2220機のように2針は世界中ではドレスウオッチの条件とも言われる1970年代に海外ブランドに並ぶ存在としてはシャリオが必要不可欠であったのかもしれない角型が多いのもその理由であると感じるが、今回のモデルであるR115、2220-0310のように1974年に20000円で販売されたこの一品は、何とその風貌通り、35MMを超え、当時世界中の高級ブランドが発表したベゼルがワイドとなったディスボランテ。そのステンレスの塊のようなケースはかなり重量感を感じる。突然今までのドレスウオッチグルーブに後付けとなるシャリオを加えたのか、単純に世界のドレスウオッチのデザインを真似をとことんまで真似することで、グランドセイコー天文台伝説からクオーツ伝説に伴い、ドレスウオッチの世界までもセイコーが世界のセイコーへと発展していく為に、フランス語で古い洗車を意味するシャリオを1974年に急遽登場させ、それに伴い、特別な一品としてR115を世にだしのではないたろうか? しかし全ては謎である。

 

 

 

 

 

 

Rolex “OYSTER SPEEDKING” Ref.6221 Cal.710 Super Balance 3,6,9 Explorer Dial Stainless Steel 12 hours Scale 1954’s / ステンレススティール 12時間スケール彫金ベゼル  “オイスタースピードキング”  エクスプローラー文字盤 入荷


Like the Royal and Firefly, Rolex used different model names for watches sharing references such as 3121. This strategy expanded customer choice and created a collectible identity without significantly increasing production costs. One example was the Speedking family. Beginning with 1930s references 3133, 3121 and 3386, it evolved through the 4000-series in the 1940s, the 5000-series in the 1950s, and finally the 6000-series—including 6020, 6021, 6420, 6426, 6430, 6431, 6440, 6220, 6221 and 6266—bringing the Speedking story to its close.
1930年に世界大恐慌により世界経済が崩れ落ち、スイス時計産業においても第一次世界大戦により軍用時計から一般社会に広がった時計産業は一変した。中でも軍用時計として開発に力を注いだロレックスはこの経済の没落に出した答えが、全く今までにないデザインを開発することで、この期を逃れようとし、ロレックスが出した答えが、デザイン部門を専属に社員自体にデザインを任せ、ユーザーと同じ目線で何を望んでいるかをそのまま形にすることで、斬新で人気の出るデザインを創造することに成功した。又、ロイヤルやファイヤーフライなどと同じように3121などの同リファレンスでありながら違うモデル名、ネーミングをつけることで製造コストを増やす事もなく、選択視を増やしコレクション的な存在価値にすることにも年頭を置き、販売網を増やした。その一つがRef.3121ファミリーにも存在するスピードキングである。1930年代リファレンス3133,3121,3386のような3000番台1940年代に入り4220,4265,4285,4270などの4000番台、50年代の5430,5056などの5000番代、そしてスピードキング最終モデルとなっていく、6020,6021,6420,6426,6430,6431,6440,6020,6266などの6000番台を最後にその歴史は幕を閉じることとなる。 そんな今回ご紹介する一品は最終となっていく6000番台の6021。6020の兄弟的存在であり、6020にフィクスベゼルを装備したモデルで、スピードキングの中でも非常に希少で、ロレックスの歴史上でもボーイズサイズのモデルに12時間のスケールポイントを彫金としたスケールベゼルを持った逸品はお目にかかることはできない。特にベゼルの彫金のライン一線一線もほぼ磨きされていない状態で完璧。特に文字盤は3.6.9のエクスプローラー文字盤に1955年頃までのROLEXの紋章が立体的となるこの年代しか存在しないデザインで、更にこの6021は3.6.9のアワーナンバーとソード型のアワーマーカーズのフライング表示全てがステップの段差のある立体的デザイン。文字が滲んでいるが、100%リダンの無い当時のままのオリジナルコンディションである。竜頭はパテント+竜頭すらー竜頭に変更しています。機械はスーパーバランステンプ最終期となる710キャリが搭載され、プレシジョンモデルとした2姿勢差調整機である。

 

Rolex Turn-O-Graph Ref. 6202 Cal.645 Authenticity Details & Estimate Requested from Rolex Headquarters in Geneva Tropical Mirror Dial ☆ Cal. 645 / U.S. Riveted Bracelet Ref. 7206☆ Cal. 645 / U.S. Riveted Bracelet Ref. 7206ロレックス本社ジュネーブ真偽詳細.見積依頼済★ロレックス ターノグラフ Ref.6202★トロピカルミラー☆Cal.645.USリベット7206 入荷


この世の産物の中で暗闇でも、又永久的に光らせることを実としたラジウム夜光を塗布し、メラニン系の柔らかい樹脂を用い漆黒のような光沢のあるコーテイングを実現させた。しかしその文字盤が環境と長い年月の中で、紫外線、空気中の銅など、又、使用上で湿気侵入することで退色をおこし、トロピカルという信じがたい自然の産物をつくってしまう。それは美しく、見る者全ての脳裏から離れることの出来ないとてつもない存在感を放つ今回の一品。
その漆黒の光沢がトロピカルに変化した最高の文字盤に塗布されたアワーマーカーズに同調するように同色として存在する3針。当時のビッグドットの秒針にサークルまで届く純正のロング針、全て当時のままのフェイスコンディションは見た者のりボルテージを上げ、最高のステイタスとして感じる。当然その純正かどうかを語る上で絶対にかかせないアワーマーカーズ、針全てのラジウム夜光の存在を完全なる純正として語る事を科学的にも証するように、全て20マイクロシーベルト以上の数値を叩き出す。それはその全てのラジウム夜光の状態を見て頂ければおわかりのように、ほとんど飛散のない最高の状態である。
そして内なる鼓動とする1953年というセミバブル文化の継承として18000振動のロービートが”キャリバー645”サイズA296というテンプのリム部分にチラねじを装備し抵抗力を軽減し精度の安定を計った最高のビートが60年以上の時を刻み、すべてにおいて純正パーツとして洗練された歴史の重要性、そのすべての価値の重みをこの一品は感じさせてくれることは間違いない。

1953年華々しくデビューした…….1954年発行のターノグラフのチラシの巻頭に『THE WATCH WITH A THOUSAND AND ONE USES』とある。その言葉どおり、いろいろなシチューエーションで活躍するとチラシの内容も下記のとおりである。
『Timing a transatlantic telephone call,the rate of machine,a patent’s pulse,the speed of a train,the development of a film ? how often we long for a stop-watch on our wrist』
第二次世界大戦が終わり戦勝国であったアメリカ経済の発展に伴い、海外を飛び交うビジネスマンが増え、又、文化、医療の発展に伴い、”TIME IS MONEY”という言葉が生まれた如く、一日が時間との闘いであってのであろう。そのアメリカ市場に打って出た最高のモデルとして誕生した”Ref.6202”。
『国際電話での際、その電話をかけ始めた時点で時計のベゼルの0位置に合わせ、現在、どのくらいの時間が経過しているかすぐにわかる。又、医療分野でも、パルスメーターとして脈拍の計測開始の時点をベゼルの0位置で合わせ計測する。時に電車の速さなどを計測したりなど、ストップウオッチが人の生活においてどれだけ必要性があるかわかることであろう。それを誰もが簡単に実現できる時計である。』
チラシの一部であるが、こんなところであろう。そんなセールスポイントをチラシ一面に隙間も無く長々と書くところは当時のチラシらしいが、そんな”Ref.6202”も発売当時、暗闇の世界でも視認性を確保したブラックを基調としたミラーダイアルにラジウム表記、そしてギョーシエダイアルもあり、又、”TURN-0-GRAPH”表記に関してもダイアルOYSTERPERPETUAL下部表記のものもあり多彩なバリエーションを誇った。中でも高級仕様として18金無垢のベゼルとステンのコンビモデルも登場し、ダイアルバリエーションもスムースとギョーシエダイアルと存在し、楔型のインデックスにアルファー針のラジウム夜光使用、5分置きに表示された楔型インデックスのトップ部分にもラジウム夜光のドットを配した。そして18金無垢のベゼルには5分置きのバーと10秒単位の数字がエングレービングされ、その隙間にはクロスラインのエングレービングが繊細に丁寧に彫金として施された。
それはこのRef.6202が、ベゼル、ダイアルにバリエーションを持たせることで、どんなシチュエーションでも秒単位での計測を実現する為に創造され、それは海の世界サブマリーナ”Ref.6200,6204”へと、そしてそれは2004年、これが復活したことで、サンダーバードという世界もこの”Ref.6202”が創造したことを世界に明らかにした。当然、その独特のクロスラインのエングレービングベゼルは、サンダーバードアクロバットチームの官給品に引き継がれ、”Ref.6309、6609”へと引き継がれていたっのは間違いない。ロレックスが1938年に回転ベゼルの特許を初めて取得し、1953年、”特許ナンバー312285”により、完全に製品化された。そしてそれは、1950年に開発された”Cal.645(バブルバック最終機”630NA”から進化を遂げ緩急針で調整しやすいように調整口をつけ、テンプは環状のリム部分を熱い部分と薄い部分に分け、薄い部分に調整の為のチラねじを装備し、熱い部分からチラねじが飛びださないようにし回転半径を大きくすることによって慣性モーメントを上げ精度を高めたロレックスビエンヌ社製)を搭載することで、バブルバック最終”Cal.630NA”に終止符を打たせロレックスの新たな幕開けともなった。偉大なる”Ref.6202”。未だ未だ謎多きモデルであるが、ロレックスの歴史を物語る上で、その歴史のカギを握る存在であるのは間違いない。

 

Rolex OysterR Perpetual ” TURN-0-GRAPH ” Ref.6202 Cal.645 18K intricate Crosss-pattern & Hour Markers engraving w.expandable bracelet Ref.6636 / オイスターパーペチュアル回転ベゼル”ターノグラフ” 18金無垢クロス柄時間スケール彫金ベゼル 6636 エクステンションブレス 入荷


The dial was offered in two variations: a smooth finish and a guilloché dial. Both featured wedge-shaped hour markers and Alpha hands with radium luminous material. Small radium dots were also applied to the tips of the wedge-shaped markers at five-minute intervals.

The solid 18K gold bezel was intricately engraved with bars at five-minute intervals and numerals marking every ten seconds. Between them, delicate cross-line engravings were meticulously executed, giving the bezel its uniquely refined character.

This distinctive cross-line engraving was later carried over to the Ref. 6309. Remarkably, throughout the entire history of Rolex, this particular cross-engraved bezel design appeared only on the Ref. 6202 and Ref. 6309.

 

 『TURN-O-GRAPH』…ターノグラフ Ref.6202


それは、1953年華々しくデビューした…….1954年発行のターノグラフのチラシの巻頭に『THE WATCH WITH A THOUSAND AND ONE USES』とある。その言葉どおり、いろいろなシチューエーションで活躍するとチラシの内容も下記のとおりである。
『Timing a transatlantic telephone call,the rate of machine,a patent’s pulse,the speed of a train,the development of a film ? how often we long for a stop-watch on our wrist』
第二次世界大戦が終わり戦勝国であったアメリカ経済の発展に伴い、海外を飛び交うビジネスマンが増え、又、文化、医療の発展に伴い、”TIME IS MONEY”という言葉が生まれた如く、一日が時間との闘いであってのであろう。そのアメリカ市場に打って出た最高のモデルとして誕生した”Ref.6202”。
『国際電話での際、その電話をかけ始めた時点で時計のベゼルの0位置に合わせ、現在、どのくらいの時間が経過しているかすぐにわかる。又、医療分野でも、パルスメーターとして脈拍の計測開始の時点をベゼルの0位置で合わせ計測する。時に電車の速さなどを計測したりなど、ストップウオッチが人の生活においてどれだけ必要性があるかわかることであろう。それを誰もが簡単に実現できる時計である。』
チラシの一部であるが、こんなところであろう。そんなセールスポイントをチラシ一面に隙間も無く長々と書くところは当時のチラシらしいが、そんな”Ref.6202”も発売当時、暗闇の世界でも視認性を確保したブラックを基調としたミラーダイアルにラジウム表記、そしてギョーシエダイアルもあり、又、”TURN-0-GRAPH”表記に関してもダイアルOYSTERPERPETUAL下部表記のものもあり多彩なバリエーションを誇った。中でも高級仕様として18金無垢のベゼルとステンのコンビモデルも登場し、ダイアルバリエーションもスムースとギョーシエダイアルと存在し、楔型のインデックスにアルファー針のラジウム夜光使用、5分置きに表示された楔型インデックスのトップ部分にもラジウム夜光のドットを配した。そして18金無垢のベゼルには5分置きのバーと10秒単位の数字がエングレービングされ、その隙間にはクロスラインのエングレービングが繊細に丁寧に彫金として施された。このクロスラインは後、6309が引き継がれ、因みにこのクロス彫金デザインはロレックス全モデルの歴史の中で、6202,6309のみとなる
それはこのRef.6202が、ベゼル、ダイアルにバリエーションを持たせることで、どんなシチュエーションでも秒単位での計測を実現する為に創造され、それは海の世界サブマリーナ”Ref.6200,6204”へと、そしてそれは2004年、これが復活したことで、サンダーバードという世界もこの”Ref.6202”が創造したことを世界に明らかにした。当然、その独特のクロスラインのエングレービングベゼルは、サンダーバードアクロバットチームの官給品に引き継がれ、”Ref.6309、6609”へと引き継がれていたっのは間違いない。ロレックスが1938年に回転ベゼルの特許を初めて取得し、1953年、”特許ナンバー312285”により、完全に製品化された。そしてそれは、1950年に開発された”Cal.645(バブルバック最終機”630NA”から進化を遂げ緩急針で調整しやすいように調整口をつけ、テンプは環状のリム部分を熱い部分と薄い部分に分け、薄い部分に調整の為のチラねじを装備し、熱い部分からチラねじが飛びださないようにし回転半径を大きくすることによって慣性モーメントを上げ精度を高めたロレックスビエンヌ社製)を搭載することで、バブルバック最終”Cal.630NA”に終止符を打たせロレックスの新たな幕開けともなった。偉大なる”Ref.6202”。未だ未だ謎多きモデルであるが、ロレックスの歴史を物語る上で、その歴史のカギを握る存在であるのは間違いない。
そして今、ここにその

”Ref.6202,TURN-0-GRAPH,1953年4期製造,18金無垢/SS”

の最高にすばらしい逸品が、バブルバック”Cal.630NA”の長い歴史にピリオドを打った”Cal.645”の最高の18000振動のロービートを奏でながら現実の姿として、”ここに” 存在することは夢、幻ではないことを皆様にお伝えしたい。

 

Patek Philippe Calatrava Ref.96 Stainless Steel Breguet Number Cal.12-120 -1943’s Manufactured Archive / パテックフィリップ カラトラバ ステンレススティール ブレゲインデックス 12-120キャリバー 1943年アーカイブ ステンレススティール 


ラウンドを基本とし、独立したステップラインそしてそれはフラットでなければならない…….どの角度から見ようがその造形は変わらず美しさだけを追い求め芸術を越えた造形美として存在し続ける。

CARATRBA/カラトラバ…….

それは今現代に残る最高のシチュエーションとして1932年の誕生から1967年の終了までの”96″という世界に名を残す名機を誕生させることとなる。『パテックフィリップは96で始まり96で終わる』という通り、造形美の頂点に立ち、35年間という歴史の中で、数多くのバリエーションを発表し、それが経年によりその美しさは人の指紋のようにその個体特有のものとなっていった。ここまでワンオーナー的なステイタスを感じさせてくれるモデルは世界のブランドを見渡してもパテックフィリップだけであろう。そんな”96″の中でもそその造形をダイアル内部まで拘ったモデルが、やはりアラビアンナンバーをアプライドの立体的造形として表現した”ブレゲナンバー”である。そして今回ご紹介するは、当然その美しさはこの世のものとは思えぬほどのオーラを引き出すミドルサイズのブレゲナンバーを配した”96″をご紹介しよう。それも今回の一品は市場では200万円、時に300万円以上の価格を表示しているショップもあるほど希少なステンレススティールモデル。パテックだけにスティールモデルの製造数はかなり少ない。市場に出回る確率は非常に少ない。にも拘わらずブレゲナンバーであれば、間違いなくワンオーナー的感動をもたらしてくれる。当然、そのブレゲナンバーの美しさだけでなく、5分置きに埋め込まれたインベッドのドットインデックスの繊細な様相、そしてダブルサークルを配し60の目盛りを丁寧に描き上げた12時位置のスモセコ、そしてセンターを舞うブレゲナンバー純正リーフ針が最高のブレゲナンバーの魅力を最大限に引き出している。当然、そのカラトラバベゼルから18mmのラグ幅を残し、突き出るような力強いラグは先がフラットになっているスタンドモデル。ヤセも全く無く言葉で表現すること自体、この”96″様に失礼となろう。
当然ムーブメントは、その96フォルムを生み出し、パテック史最高の手巻きと称される12系の”Cal.12-120″。それはまるでこの世に存在しない旋律は感動へと誘い、18000振動の確かな心の響きへと導き、直径26.75mm,厚さ4mmという存在の中、2番車、3番車を固定するブリッジを大きく湾曲させ、なでらかな曲線を描いた美しい”ジュネーブ様式”の伝統を引き継ぎ、究極の美へと導く….18世紀、ジュネーブ学校の教授であったロジェール・ビュゾーが描き創造したこの様式に見入れられたように、1年間の2/3が雪で閉ざされたスイス、ジュネーブで創造され、明方のジュネーブ湖畔の静まり返った湖畔に一滴の雪解けの水滴が葉から零れ落ち水面に広がる波紋を描き写し、それを刻んだ”コートドジュネーブ”がこれほど似合うキャリバーは存在しないと言っても過言ではないであろう。更にそこにはビジョンブラッドのエクストラルビーの色合いを証するルビーまでもオリーベ加工され、そのルビーのトップまでも曲面に磨き込まれた”ミグラス加工”となり、まさに美という世界にとことんまで当時の職人が挑んだ妥協を許さない細かすぎるディテイルへと導いている…….
リューズを回したとたん動き出すガンギ、テンプの協奏曲は、デカメのチラねじへと伝わり、ブレゲひげゼンマイとの美しい共鳴が聞こえ、そこから伸びる先に見うる2.5mmのビーンズブレートのヒゲ持ちすらにも妥協を許さないアングラージュを施し、そしてその鏡面の美しい輝きの先にはバックラッシュを防ぎ精度を的確に微調整するスワンネックという精度を究極に求めた真実の姿がそこに存在する。
すべてにおいて完璧を求めた形…..

“96”……そしてブレゲナンバーという世界をスティールで表現した最高の逸品であることに間違いない。

 

Rolex Prince Chronometre Ref.3937 Cal.300 18k solid gold Rail way “leaf veins Diak” / T番クロノメーター特別仕様★ロレックス プリンス★18金無垢 Ref.3937/Cal.300 入荷


テキストテキストテキストテキストテキ45mmのロングに23mmのボティーは、他とは明らかに違う存在価値を、これでもかと見せつけるように、異様なほどに染まる紅ボディーの輝きを辺り一面に放ち、その存在感を見る者すべての脳裏に刻みつけるようにそこに存在している。ただそこに存在しているだけなのにオーラを感じてしまう

Ref.3937 レールウエイ….紅色の9金無垢レッドボティー

バナナウオッチとしての存在価値を高め、ケースの両サイドにステップをつけることで、列車の線路のように見えることで、レイルウエイと呼ばれた。9金無垢ローズゴールドというその存在自体を否定しまいたくなるような、その彫金ラインからラグに流れる曲線の美はガブリオールとも呼ばれ、独特な世界を表現し、芸術的アートと言っても過言ではない。そんな紅の世界から聞こえる真実の鼓動は、最高にロングなケースの為に創造された300機という存在、ゼンマイから角穴へと繋ぐトルクを丸穴に伝える為の通常では存在しない中間車を2つ組みこむことで機械自体を長くした。当然その鼓動ロレックスが初めてチュー天文台でA賞を獲得した威厳のストーリーを持ち、その300機を開発した現ロレックスビエンヌ社で現在もエグラー一族のファミリー企業としてロレックス ジュネーブ社と共にロレックスの名機を輩出した歴史に、当時のグリュエン社が参加することで、特許ナンバー120849個のという偉大な300名機が開発され、精度への拘りがロレックスのクロノメーターへの軌跡のオリジンと言っても過言ではない。今回の300機も未だ、公式クロノメーター協会内での検定テストを自社で行うことが可能な時代に6姿勢差調整という公式になってからの5姿勢差を凌ぐ最高の調整機と言えよう。
文字盤も裏のドブ付け痕も全くなく、ROOLEXのオールド紋章から、自社で検定した証である、OFFICIALのないCERTIFIED CHRONOMETERの文字、そしてSWISS MADEの文字の先端まで繊細に描かれ、リダンの特長である15倍のキズ見で見てもインクの滲みが全く確認できない最高の技術の証がここに存在し、レッドゴールドボディーの場合には、必ずライトピンクか、サーモンピンクの文字盤でなければならない方程式もこの一品が全て最高のオリジナルの逸品であることを証としよう。
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