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ロレックス オイスター Ref.1072 ブッフェラーリテイラー品、ラジウム夜光全て当時のままのオリジナルコンディション


スイスの中でも有数なリテイラーでありロレックスを世界で一番売り上げたリテイラーとして、”ブッフェラー無くしてロレックス存在せず”と言われ、昨年ロレックスの傘下として新たなスタートをきった。そのロレックスとの関係を築き始めた頃の逸品。

1890年頃から戦争という世界から生み出された腕時計という世界、それ以前、女性ものの腕時計は存在したが、男性用の腕時計は戦火の中で、ポケットから取り出す手間を省く為に懐中に紐を巻いて、腕に嵌めるという自然発生的なものから誕生した。そして1900年のパリ万博でオメガが初めてWRISTWATCHという言葉を用いて時計を出品した。 それから4年後、24歳の若き青年”ハンス・ウィルドルフ”が、エグラー社(現ロレックス ヒエンヌ社)とのムーブメントの惚れ1905年にイギリスで義弟のアルフレットデイビスと一緒に”W&D社”を立ち上げた。その後、第一次世界大戦勃発により、ドイツ人名であるハンスは急遽、敵国であるイギリスであるが為に”ロレックス社”を1915年に立ち上げた。それは最初に1915年7月に認可された特許ナンバー”70926”(塵を遮断するケース)から見るように砂ぼこりの多い当時の時代、塵から守る時計の必要性から始まり、何を人は求めるのか、そしてその結果売れるものとは何かを求め、確固たる自信の下で販売していった。 それは1922年、特許ナンバー”197208”のリューズのついた本体をアウターのねじ込みケースで覆い隠すという防水ケースへと発展し、1926年6月10月18日防ケース特許ナンバー”120851”、ねじ込みリューズ初の特許ナンバー”120848”により、ハンスは確固たる自信の中である決意を下した. 『ドーバー海峡をこの腕時計をつけて泳がせよう』 それは1927年10月7日、イギリスロンドンの英国紙”デイリーメイル”の速記者であるメルセデス・グライツ嬢がドーバー海峡を渡るという女性では世界で2人目の快挙となった。そしてそれは、ドーバー海峡を渡ったという事実よりもその腕に嵌められていたのがロレックス社の時計であったことに世界は驚愕した。ハンスが、ここまでの筋書きを予測していたかどうかは、現在では謎であるが、ハンスが、グライツ嬢がわたって一か月後、11月24日付けの”デイリーメイル”の第一面をロレックスの腕時計が全面広告として飾った前代未聞の出来事は、当時のロンドン市民を驚かせた。そしてその裏には4万スイスフラン”1600ポンド”(当時で日本円にして270万円)の膨大な経費がかかったことは事実であり、ドーバー海峡を渡る以前から売れるまでの筋書きが用意されていたのかもしれない。

 

ロレックス Ref.4643の真実のストーリーとは…バブルバックから誕生したもつひとつの世界 18金無垢ローズゴールド入荷



特許ナンバー144350。1929年、ロレックス初の自動巻きとして初めて出願された。この機構により世界は大きく変わることとる。そして世界が震撼することとなるパーペチュアルのオートローターに関する最初の特許ナンバーが160492で、エグラー社のエミール・ボレが発明したことでも有名である。特に特許ナンバー170803の1933年の出願では、バブルバックと言われる神髄となるローター開発の基盤となるどの方向に回転しても2つの整流する歯車を通し、その歯車の中に逆回転させないようにそれぞれに歯車を設置とている。そのローターは甲箱に取り付けられたそれぞれにコハゼを配備した2つ歯車がローターの動力をバックラッシュさせないように、ゼンマイに伝える為に3本のアームを曲げたディスクパーツなどを組みこむことで、機械の動力部位の上に高さを要した自動巻き機構がはめこまれることで、必然的に裏蓋を膨らませる必要があった。それがバブルバックの根源である。 そんなハブルバックは1933年にファーストモデルが発表されているが、最初にそのローター部位から分解する為に初めての経験となる技術者り為に、ローターの下にふるカバー面に分解する時のネジ部位の説明を簡易に刻まれたが、セカンドモデルでは、その説明書きが無くなっている。そしてサードモデルでは後、620のキャリバーナンバーが与えられることとなるサイズNAが初めて投入される。そして、他ブランドも主力キャリバーをサイズダウンすることにより多様なモデルに搭載できるようにしたキャリバーを存在させるが、ロレックスも620をサイズダウンさせたサイズAR、キャリナンバーは520と称されたミドルキャリが1936年に誕生した。同年にはレデイースの主力キャリとなるセンターセコンド530ARが誕生していく。  今回のモデルは多様的な角型として希少なモデルで1946年から1952年までの6年間という短い期間にだけ存在した。
Ref,.4643
18金無垢ローズゴールドでかなり紅ボティーの輝きは見事であり、28MMボディーとしてラウンドとしては34MMサイズと同等の大きさであることで、かなりその存在感を感じる当然パーペチュアルであることで、2段の切換え者車を要することで、裏蓋を膨らませなければ機械が裏蓋に当たってしまうプロセスがバブルバックだが、この4643はバブルバックではないが、スクエアー型に膨らみを持たせるいわゆるバージングケースであり、バブルバックと呼ぶ方がいるが、バブルバックの根源は泡のような膨らみ、防水、パーペチュアル(自動巻き)である3点の意味であり、ロレックス自体もADでしっかりと謳っている。言わば完全に別ものである。ではこの4643の真実の根源たる意味は、やはり520ARの存在意味であろう。ロレックスは創業当初から機械製造数と時計個体自体の数の違いにより年代の違う古い機械を新しいモデルに搭載し、在庫整理を行う現代の企業のお手本的システムを組み込んでいたことは事実であり、この機械も1936年製造しながら、1946年に使用するということ自体、ロッレクスという企業の本質、そしてファミリー企業であることで、繊細な企業努力を形のするサクセスストーリーの根源を理解出来よう。

 

18金無垢スケルトンバックケース★ユニバーサルジュネーブ UNIVERSAL GENEVE MOONPHASE ムーンフェイズデイト Ref.151.11.663★伝説名機Cal.2-66マイクロローター 入荷


1954年、ユニバーサルジュネーブはポールルーターに215キャリバーを搭載することで、マイクロローターを採用することとなる。、通常のローターは機械部の上部に配置される為、薄くすることが前程にある為、より大きくワイドで無ければならず、金無垢などのローターも使用されたが、このマイクローターは機械部の中に入り込む為、その厚さは機械部に入るほどの厚さにすることが可能、より同等の重さを実現させた。又、機械部の中に入れる為にその場所を確保する為に丸穴車を無くし、ダイレクトにマイクロローターの左右からの回転を整流する為の切り替え車を通じ2番車へ、そしてゼンマイへと繋ぎ、中間車を通じ、3番、4番車へと繋げていく、今世紀最大の開発の一つと言っても過言ではない。そのグリュエン社の偉業はハミルトン社に引き継がれたが、1955年特許ナンバー”329805”として開発された215キャリバーとのライセンス契約を交わしたことで、ユニバーサル・ジュネーブが世界中にマイクロローターとしての世界を独自の世界に変えていった。その軌跡は、1972年、シャドーシリーズのメインキャリとして登場した2-66キャリにより、ユニバーサルジュネーブのお株たるカレンダーモデルへとその軌跡は引き継がれることとなる。1936年、マテール社を迎えることでコンパックスシリーズを発表、1943年には月齢のトリプルカレンダーとクロノグラフを発表と同時にカレンダー機能を備えたモデルを次々と発表することで、モバドと並び、独自のコンプリケーションの世界を表現することとなる。このカレンダーモデルの主要メーカーとなったユニバーサルが1990年に発表したカレンダーとデイト”Ref151.11.663”をご紹介したい。当然このメインとなる伝説キャリバーは1972年の誕生から2003年頃を最後に伝説だけを残してこの世から姿を消した”Cal.2-66”。特別な存在とした2姿勢差調整を標準とし、ベアリングを採用することで、マイクロローターの回転をスムーズにした。25の多石化に、19800振動というこの時代の最後のロービートを語り、耐久性を武器にユニバーサル特有の気品と高貴な漂いを全面に打ち出した最高のモデルであることには間違いない。薄型モデル特有の2-66キャリながら厚手のコインエッジを彫金を施した18金無垢のケースサイドで32mmながら威圧感感じるほどの存在感を感じる逸品である。

 

極上美品1940年伝説キャリバー450の軌跡 18金無垢ローズゴールド35mmオーバー 入荷



28.8mm径、4mmの厚さに、当時人間が成し得る技術を限界へと導きたる最高のキャリバーが存在する。1940年、ルクルト社が精度への挑戦をクロノメーターに託したる”スモールセコンドキャリバー449、センターセコンドキャリバー450である。クロノメーター手巻き伝説ジオフィジック”Cal.478″への軌跡となり、ヴァシュロン・コンスタンタン伝説名機としたキャリバー453の軌跡ともなった。精度の微調整とバックラッシュを軽減させたスワンネック緩急針仕様に、ゴールドのシャトン留めとしての役割りを保つバランスコック部分の先端に取り付けられた独特の形状を放つゴールドの押さえバネ、全ての造形はまるで彫刻の美として、そこに存在する。 その名機たる450をおしまなく全面に表現した今回の一品は、素直に時計とは何か、という答えを見いだしてくれるようなシンプルであるが、35mmを裕に超える存在感を与えるルイ・コステス社(Louis Coste & Cie)18金無垢のローズゴールド、文字盤にも3,6,9にドットの球状メタルのアワーマーカーズに、ハンマー型の時分針全てがローズゴールドであることで、このタイムピースの存在感が見た者全ての脳裏から離れられない最高の存在感を与えている。そして1940年代のこの逸品の状態がほぼ磨きのないノンポリッシュで、目立つキズも打痕もない最高のケース状態。そして文字盤も当時のままの状態で腐食部分もなく、風防は長年の温度差で中に細かいヒビの入った最高の純正風防であることをお伝えし最高の逸品であることを証しよう。

 

パワーウオッチ 謎解き物語l 第72回 謎解き物語り カルティエ パテントから見えてくる真実 パート1 EWCの真実

https://www.cool-auction.net/

特許ナンバー” US1917378A”

1931年7月18日カルティエが特許出願、1933年7月11日、特許成立(特許が認められた)、同日に特許が公開(特許番号 US1917378A)、1950年7月11日

特許期限満了(当時は約17年)。現在は誰でも精製可能とすることで、消滅している。

特許をご紹介する前に、ここで何故、アメリカで取得したのか?というよりこの特許内容がUS以外で見つからない事実。通常、USパテントを取得したということは、フランス、スイスも含めヨーロッパでは取得してから12か月以内であれば海外でも申請可能とするように、その資料がない。 カルティエ最大の謎とされるEuropean Watch & Clock Co. Inc(EWCとして省略).を定義したU              

                                           続きはパワーウオッチで


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ロッレクス バブルバック最終章 ビッグバブルバックRef.5011 入荷 18金無垢


1949年を境に自動巻きストーリーとなるバブルバックの時代が終わりを告げる最終期に入ると、ベゼルは視認性を考慮して細くなり、文字盤をより見やすく改良さていった。モデルは5000番台の主流から6000番台に入り、5000番台に入るとそれまで14金無垢や9金無垢が主流だったメタリアルも18金無垢も多くなり、620,625(630,635)などが入り乱れるようになった。今回ご紹介する5011もその通りで、独特の傾斜のついた5分おきに刻まれたファットバーの太目のスケールに1分刻みのスケールが繊細にベゼルに表現され、ケース径もそれまでの31mmのスタンダードから32mmオーバーにサイズアップされたことで、より大胆なストレートエンドのラグからどんずまった存在感が裏蓋の盛り上がったバブルバックの様相が、最終バブルバックに相応しい真実のバブルバックが誕生したと言っても過言ではない。俗にビッグバブルバックと呼ばれる代表的モデルであり、6代目となる最終バブルバックのストーリーである。文字盤は独特のプリントのロレックスのロゴに最終独特のデザインであるアプライドの立体的アワーマカーズを2.4.6の偶数で表現する希少なモデル、クロノメーター表記もそれまでのCHRONOMETERのみの表示から、OCC表記への主流化となっていき、針はその文字盤に合う細目のリーフ針を装着、そこに経年のヤケとキズがビンテージの独特感の魅惑的な様相を醸し出している。機械は最終を向かえるローターが二段となったダブルカットローターとなり、よりスムースなローターサウンドを実現した。 全て当時の純正である今回の一品。見ているだけで、ドキドキしてしまう最高の存在感はまさに芸術と言っても過言ではない。

 

ジオメトリックな美へと銀無垢がおりなす美への拘りとは…ジャガールクルト 800銀無垢 Ref.9033入荷


紀元前3000年頃から人々に愛され続け、その輝きに魅了され9世紀頃からそれぞれの文化により銀精製技術が異なる発展を継げていった….. 元素記号は『AG』…ラテン語で白い輝きを持っという語源を持ち、その言葉の如しその輝きはこの世の万物たる中では匹敵するものはなく、可視光線に対する反射率98%は、プラチナの輝きをも超える存在となる。しかしそれはもうひとつの顔として、硫黄により化学変化を起こしやすい特徴を持ち、磨けば磨くほど、この世で一番輝く存在となるが、一旦空気中の硫黄に触れた途端、それは茶褐色となり、そして黒ずんだ深い味わいへと変化していく。その様はまるで人間の心のなかの変化のようにその環境、時々の変化で変わっていく…. そして今、ここに銀という素材をここまで活かした逸品に出会えたことに感謝したいと感じる逸品がここに存在する。

JAEGER LECOULTRE…ジャガールクルト Ref.9033……

 

Clous De Pari クールドパリ 彫金ベゼル 18金無垢カラトラバベゼル 究極の美へと Ref.37031 入荷


1928年に開発されたイオン・アト式の時計本体に丸型のベアリングを設け、機械とケースのアームを上下されることで、ゼンマイを巻き上げた自動巻き以外は、1915年にジョンハーウッドから始まった腕時計の自動巻きとしたバンパーのようにローターの両サイドにバネをとりつけ、そのバネの反動でゼンマイを巻き付けることが、各メーカーの主流となっていった。そのことにより、半回転するローターを一方向に整流さけることで、巻き上げを可能としたが、各メーカーで両方向から巻き上げることを可能とすることで、ゼンマイの巻き上げ効率を上げることを主軸に自動巻きはその後、開発されていく。その中で、両行巻き上げとした自動巻きすが、1947年にフェルサからCal.1560が開発され、1950年ロレックス ビエンヌ社から1030が発表、そしてマニュファクチュールとしたルクルト社が1951年、キャリバー493が誕生した。マニュファクチュールの意地としたこの機械の他との違いは何と言っても20mmというそのスモールサイズである、当然、サイズアップを求められた自動巻きで当時、このサイズでの開発は時計業界を震撼させたことは言うまでもない。当然エボーシュの存在としての役割りを備え、その後の自動巻きの本流ともなっていく。その493を搭載したこの一品、18金無垢の存在感まるだしの35mmオーバーケースに、絶対的オーラとして象徴するクールドパリの造形を描いたベゼルに、そのベゼルと同化するようにストレートに伸びるコンベックスなラグの造形はまさにアートそのものである。当然そのプロセスは裏蓋に刻まれた”D&A”の魂そのものと言えよう。
D&A…

 

歴史から消えた真実のモデル…マニュファクチュールの祖が選んだ道の先には、ジャガールクルト クラブ入荷 18金無垢ワイドボディー31mmオーバー


1969年、世界初の市販クオーツ時計がセイコーから発表され、1970年にはその特許が世界で公開されるとそれまで車一台並みの価格が一揆に機械式時計の価格までもを越え、世界がクオーツショックという時代を迎えた、又1973年のオイルショックも重なり、スイス時計産業は衰退し、半分以上の数百のメーカーが解散へと追いやられた。その年、ルクルト社も1972年マスタークオーツを発表、他時計メーカーが機械式の生産を打ち切る中、ルクルト社が選択したのは機械式を続ける為、一時、他社の安いエボーシュを導入することでマニュファクチュールを守りぬくことを決意した。 Jaeger LeCoultre CLUB…….ジャガー・ルクルトクラブ エボーシュメーカーであるア・シールド社から導入した手巻き900キャリバーを搭載。1970年代から始まるオイルショックに対しコストパフォーマンスを主軸にしながらも、21600という高振動としての精度への信用度を兼ね備えたクオーツショックを乗り切る最大の武器とした。マニュファクチュールとしての威厳を捨てながらも、社運をかけた時代の産物になったのであろう。しかしジャガールクルトの歴史の闇と消えたモデルであることには間違いが、ジャガールクルト クラブの中で18金無垢の存在は市場から消えてしまいつつあるモデルであることは間違いない。希少な最高の逸品である。