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ロッレクス バブルバック最終章 ビッグバブルバックRef.5011 入荷 18金無垢


1949年を境に自動巻きストーリーとなるバブルバックの時代が終わりを告げる最終期に入ると、ベゼルは視認性を考慮して細くなり、文字盤をより見やすく改良さていった。モデルは5000番台の主流から6000番台に入り、5000番台に入るとそれまで14金無垢や9金無垢が主流だったメタリアルも18金無垢も多くなり、620,625(630,635)などが入り乱れるようになった。今回ご紹介する5011もその通りで、独特の傾斜のついた5分おきに刻まれたファットバーの太目のスケールに1分刻みのスケールが繊細にベゼルに表現され、ケース径もそれまでの31mmのスタンダードから32mmオーバーにサイズアップされたことで、より大胆なストレートエンドのラグからどんずまった存在感が裏蓋の盛り上がったバブルバックの様相が、最終バブルバックに相応しい真実のバブルバックが誕生したと言っても過言ではない。俗にビッグバブルバックと呼ばれる代表的モデルであり、6代目となる最終バブルバックのストーリーである。文字盤は独特のプリントのロレックスのロゴに最終独特のデザインであるアプライドの立体的アワーマカーズを2.4.6の偶数で表現する希少なモデル、クロノメーター表記もそれまでのCHRONOMETERのみの表示から、OCC表記への主流化となっていき、針はその文字盤に合う細目のリーフ針を装着、そこに経年のヤケとキズがビンテージの独特感の魅惑的な様相を醸し出している。機械は最終を向かえるローターが二段となったダブルカットローターとなり、よりスムースなローターサウンドを実現した。 全て当時の純正である今回の一品。見ているだけで、ドキドキしてしまう最高の存在感はまさに芸術と言っても過言ではない。

 

ジオメトリックな美へと銀無垢がおりなす美への拘りとは…ジャガールクルト 800銀無垢 Ref.9033入荷


紀元前3000年頃から人々に愛され続け、その輝きに魅了され9世紀頃からそれぞれの文化により銀精製技術が異なる発展を継げていった….. 元素記号は『AG』…ラテン語で白い輝きを持っという語源を持ち、その言葉の如しその輝きはこの世の万物たる中では匹敵するものはなく、可視光線に対する反射率98%は、プラチナの輝きをも超える存在となる。しかしそれはもうひとつの顔として、硫黄により化学変化を起こしやすい特徴を持ち、磨けば磨くほど、この世で一番輝く存在となるが、一旦空気中の硫黄に触れた途端、それは茶褐色となり、そして黒ずんだ深い味わいへと変化していく。その様はまるで人間の心のなかの変化のようにその環境、時々の変化で変わっていく…. そして今、ここに銀という素材をここまで活かした逸品に出会えたことに感謝したいと感じる逸品がここに存在する。

JAEGER LECOULTRE…ジャガールクルト Ref.9033……

 

Clous De Pari クールドパリ 彫金ベゼル 18金無垢カラトラバベゼル 究極の美へと Ref.37031 入荷


1928年に開発されたイオン・アト式の時計本体に丸型のベアリングを設け、機械とケースのアームを上下されることで、ゼンマイを巻き上げた自動巻き以外は、1915年にジョンハーウッドから始まった腕時計の自動巻きとしたバンパーのようにローターの両サイドにバネをとりつけ、そのバネの反動でゼンマイを巻き付けることが、各メーカーの主流となっていった。そのことにより、半回転するローターを一方向に整流さけることで、巻き上げを可能としたが、各メーカーで両方向から巻き上げることを可能とすることで、ゼンマイの巻き上げ効率を上げることを主軸に自動巻きはその後、開発されていく。その中で、両行巻き上げとした自動巻きすが、1947年にフェルサからCal.1560が開発され、1950年ロレックス ビエンヌ社から1030が発表、そしてマニュファクチュールとしたルクルト社が1951年、キャリバー493が誕生した。マニュファクチュールの意地としたこの機械の他との違いは何と言っても20mmというそのスモールサイズである、当然、サイズアップを求められた自動巻きで当時、このサイズでの開発は時計業界を震撼させたことは言うまでもない。当然エボーシュの存在としての役割りを備え、その後の自動巻きの本流ともなっていく。その493を搭載したこの一品、18金無垢の存在感まるだしの35mmオーバーケースに、絶対的オーラとして象徴するクールドパリの造形を描いたベゼルに、そのベゼルと同化するようにストレートに伸びるコンベックスなラグの造形はまさにアートそのものである。当然そのプロセスは裏蓋に刻まれた”D&A”の魂そのものと言えよう。
D&A…

 

歴史から消えた真実のモデル…マニュファクチュールの祖が選んだ道の先には、ジャガールクルト クラブ入荷 18金無垢ワイドボディー31mmオーバー


1969年、世界初の市販クオーツ時計がセイコーから発表され、1970年にはその特許が世界で公開されるとそれまで車一台並みの価格が一揆に機械式時計の価格までもを越え、世界がクオーツショックという時代を迎えた、又1973年のオイルショックも重なり、スイス時計産業は衰退し、半分以上の数百のメーカーが解散へと追いやられた。その年、ルクルト社も1972年マスタークオーツを発表、他時計メーカーが機械式の生産を打ち切る中、ルクルト社が選択したのは機械式を続ける為、一時、他社の安いエボーシュを導入することでマニュファクチュールを守りぬくことを決意した。 Jaeger LeCoultre CLUB…….ジャガー・ルクルトクラブ エボーシュメーカーであるア・シールド社から導入した手巻き900キャリバーを搭載。1970年代から始まるオイルショックに対しコストパフォーマンスを主軸にしながらも、21600という高振動としての精度への信用度を兼ね備えたクオーツショックを乗り切る最大の武器とした。マニュファクチュールとしての威厳を捨てながらも、社運をかけた時代の産物になったのであろう。しかしジャガールクルトの歴史の闇と消えたモデルであることには間違いが、ジャガールクルト クラブの中で18金無垢の存在は市場から消えてしまいつつあるモデルであることは間違いない。希少な最高の逸品である。

 

幻と言われたファーストジェネレーション ロレックス バブルバック Ref.1858 セカンドモデル 18金無垢フルブレス “Scientific/サイエンティフィック文字盤” dial 

『REGLER LA FRICTION SUR LE ADJUST FRICTION FITTING ELLE GLISSE EN ARMANT LE RESSORT ARBOR SO THAT IT RELEASES AFTER 5 TURNA TRIGGER SCREW』

1929年にロレックス初の自動巻きとして初めて出願された特許ナンバー144350により世界は変わっていく。1931年に現実の形となった26mmのスモセコ11の1/2ライン620は当時、初めてこの世界初自動巻きを分解できるように機械にその分解方法を刻むこととなった。

そのファースト バブルバック期に誕生したリファレンスナンバー1858。バブルバックのセカンドモデルとして位置づけされるこのモデル。三大希少文字盤の一つと言われたサイエンテイフィック、ローマンとアラビアンを3,9時位置で分けたカリフォルニア文字盤、文字盤を縦の12時ラインと横の3-9時ラインに区切りをつけたセクター文字盤、そして化学的にスケールを細かく繊細に描いた 今回の一品のサイエンテイフィック文字盤が存在し、このバブルバック誕生期からその存在は明らかになった。

ロレックス LOYALTIE ロイヤリティー OBSERVATORY オブザーバトリー 24時間レッドインダイアル Ref.2765入荷 フラットバック の秘密とは….


 

1931年、11 1/2 ラインとして制作された世界初自動巻き、機械とローターを凛冽する中間車が両方向からの回転を片側に整流させて巻き上げる方巻き上げが主流であったことで、二つの歯車を重ね合わせることで整流に対応し、そこにバックラッシュを起こさないようにそれぞれの歯車に二つのパーツを装備させることで、必然的に高くなり通常の裏蓋では機械が裏蓋に当たってしまうことで、バブルバックは誕生したが、その中間車を取り除けば、当時の手巻きの機械が顔を出す。未だキャリバーナンバーとしては与えられていないが1931年にスモセコ620キャリが誕生し、23.3mmの10 1/2ラインのスモセコ520、センター530キャリが1936年に誕生していくが、それぞれ手巻きの11 1/ラインと10 1/2ラインがベースとなっている。

今回の非常に希少とされるRef.2765はその関係性を紐解く最高の逸品である.ケースは誰が見てもバブルバックであるが、機械は530機のベースともなっている手巻き10 1/2ラインである。当然、ローターと機械の巻き上げの為の中間車は無く丸穴車か存在するが、その中間車をこの機械に綺麗にとりつけられることからも、同系を使用しているのが理解出来よう。ここで何故ケースがバブルバックとそっくりのミドルケースなのか。それまで手巻きが主流であったことで、手巻きに慣れている方や片方からの巻き上げである為に、腕を動かさないような方には当時、自動巻きが欠点となり、手巻きの機械に成り親しんでいた方からの要望で、急遽、バブルバックに手巻きを加えることを利用したのではないかと考える。特に2765を例にとると、その存在のほぼ全てにシリアルナンバーは100000番台以上であることで、1940年以降に存在したこととなる。今回の一品も1941年であり、ポイントはこの時代、未だラグ部分にシリアルナンバー表記がなく、裏蓋にシリアルナンバーを刻んでいたことで、裏蓋ケースを交換するだけで、手巻きの変更を可能としたのではないかと考える。特に2940と酷似すると言われるように、2765の裏蓋が2940に綺麗にはまってしまう。そこには急遽2765という手巻きの機械をセットできるしくみを利用したのではないかと感じる。そんなミステリアスなストーリーを感じる今回の一品はその風貌から単なるオイスターではなく、フラットバックというネーミングまで与えられた。1941年製造。10 1/2ラインで、天輪は凹凸のリム部分にチラネジを装備することで、今迄の飛び出たチラネジが天輪の回転により及ぼす抵抗力を軽減することで、精度の安定性を計ったスーパーバランステンプを採用。文字盤には高級仕様としたペットネームとして”ROYALITE”の文字を描き、天文台クロノメーターに準ずるレベルを意味するOBSERVATORYを大きく文字盤に表現し、そのことを意味するように24時間表示をインダイアルとして赤く描きたることで、オブザーバトリーダイアルとも言われる最高の逸品である。

1956年スピールインデックス 立体的ROLEX 紋章 伝説両方向巻き上げ1030キャリ搭載 Ref.6569入荷


1932年より自動巻きという新たな進化を遂げたタイムピースの世界、ロレックスによりその世界は確立され、1940年に入りその自動巻というムーブメントにサイズナンバーが刻印されることとなるそれは620NAから始まり、630NAへのバブルバック最終キャリへ、そして1950年にはサイズ”A260”/645キャリバー、そして”A296/745キャリバー”というセミバブルバックへと進化を遂げた。しかしその同年ではそれまでの左方向への巻き上げでしかゼンマイが巻き上がらないいわゆる”片巻きあげ式”から両方向から巻き上げるこの出来る”両方向巻き上げ”が開発された。その後のロレックスの基本系と言っても過言ではない”Cal.1030”が登場となる。なぜ1030がありながらセミバブルバックと呼ばれる”645,745キャリバーが55年頃まで存続したかは定かではないが、そのダストケースの下に隠れた645,745の仕上げは基本8姿勢差にスワンネック緩急針と高度な技術を使っていることもあり、ロレックス自体が直ぐに、特に今までの天輪にリム部分を設け、抵抗力を無くしたスーパーバランスからチラネジを有する”1030キャリ”だけにロレックスの確信を得ることは出来なかったのかもしれない。
ロレックスのサブの6538やトゥールビート6556など、数多くの伝説モデルを1030キャリは誕生させているが、やはり1030を語る上でノンオイスターモデルは欠かせない存在であること間違ない。その筆頭となるのが6564,6567であるが、その文字盤の多様なデザインから6569もかかせない存在であるのは間違いない。その様相は手巻きの6422と比較される人気のあるモデルであり、当然、この1950年から1959年の間でしかないその立体的である”ROLEX”の紋章は最高のステイタスであることは間違いないが、この6000番台のモデルの中でもノンオイスターモデル特有のスピール型のアワーマーカーズとして表現しているその様は、芸術アートとしての存在価値として感じることができよう。更に1007の先代モデルとしての存在通り、フィクス型のエンジンベゼルは最高の存在価値をこの一品として与えていると云っても過言ではない。

 

世界初腕時計クオーツモデル1969年セイコーセイコーアストロンRef.359000 Cal.35A 18金無垢 入荷


1967年、セイコー初の36000という10振動の化け物に挑んだ現実は、機械のトルクにかかる針の重さは動力に対しかなりの負担が伴うことで、他メーカーの針は細いバトン針が主流であったが、取りつけられた針は、ステンレススティールの素材を使用した極太の他面カットとして協調させたドルフィィン針であり、この様に世界中は驚きを隠せなかった。 同年、スイスジュネーブ天文台コンクールでは総合4~10位までも獲得。1位から3位までがCEHが開発したクオーツだったことで、機械式としては1位から全て独占していたと言っても過言でない。スイスの時計産業の歴史を塗り替えた。しかしこの年、セイコーには新たな歴史の幕開けとなるプロジェクトが進んでいた。CEHがクオーツで挑んだ精度賞に対し、既にセイコーはクオーツのプロトタイプを開発していた。CEFはスイス時計の機械分野における開発とマーケティングを主としてスイス政府が取り組んだ事業がきっかけに機械メーカーをグループ化したエボーシュSAとスイス時計工業連盟が中心となり設立され、この年1966年に腕時計用のクオーツムーブメント”BETA1”を開発、1967年には”Beta2”を開発しジュネーブ天文台コンクールに出展したのである。これはセイコーが実は、このCEHのクオーツの情報をよく知る上で、最適な場としてジュネーブ天文台に出展したとも言われており、当然、セイコーはこの時点で自社クオーツの事は一切情報は開示しておらず、結果、セイコーはCEHよりも先に1969年にクオーツを世界に先駆けて発表した

セイコーアストロン Ref.35Aである。

当然、この偉業は世界中を駆け巡り、1970年に特許を公開したことで、世界中がクオーツの波に呑まれ、世界中の機械式時計メーカーの倒産件数は過去最大ともなった。18金無垢仕様ということもあり、当時45万円として発売され、当時の車の価格帯とほぼ同じであったことから、アストロンがどれだけ高かったのが推測できる。ただ、現在、この1969年のアストロン、現在のクオーツの32768Hzは生産されているが、アストロンの周波数8,192Hzは現在は全く生産されておらず、経年により周波数のズレなどの修復、専用ICの故障などがあった場合には、現在修理不可能であり、セイコー社も修理不可対応となっている為に、オーバーホール自体をする業者は現在、いないいとも言われる中、当社は今回、オーバーホールをさせて頂きました。当然、最高な状態としてお届けさせて頂きます。