2026年04月25日

市場から消えたスリムボディー18金無垢ラグジュアリーモデル 1970年レイヴィル-ブランパンの謎解き BLANCPAIN SINCE 1735の名に秘めた物語り


R575..RAVILLE社のRをイニシャルにインハウスナンバーとしてプランパン独自のモジュール技術で、プゾー7001キャリバーを仕上げ、最高の逸品の語り手としてここに存在する。そのシンプルで創作的な丁寧なその造りは昔ながらのテンプを大きくすることで精度を高め、18000振動という緩やかなテンプサウンドと共に磨き込まれたブリッジにコートドジュネーブの美しさを最大限に表現した。

1928年4月9日、スイス全土に号外が打たれた「1850年以来、彼の一族を救う為に身を削り1857年に跡を継いでからは、ブランパンを世界にその名をしらしめ、そしてスイス時計業界の先駆者として、又革新的英雄としてここに賞賛すると」フレデリック=エミールに捧ぐ…彼の死にスイス全土が敬意を表した。                                            それは1735年より200年続いたプランパン一族の血を絶たなければならない現実があり、更に1930年の世界大恐慌との試練の幕開けの中で、ベティ・フィヒターが共同経営者であったアンドレ・レアルと共に、1933年6月に事業を買収した。しかし社名はRayville社と名付けたが、歴史あるブランパンの名を残す為にベティーは、エミールの娘であるネリーに一族として経営に参画することを嘆願し、これにより今も尚、一族の血は消えてもプランパンの名は永遠に残された。その後、アンドレが消息を絶ち、エミールにも苦難が待ち受けたが、1933年の同時期にアメリカ市場に向けたことで、大恐慌の中、様々なモデルを発表し成功を収めていく。そのプランパンの想いがその名の刻まれたSINCE 1735である。1950年代からブランパンは様々なモデルの文字盤にこの名を刻み、唯一のスイス時計産業において最古のブランドとしての威厳を会社のペットネームとして刻むことで今も尚、エミールの血を引く誇りを忘れぬように社訓の意味も踏まえてこの名を永遠に刻むをことを決意した。その想いそのものであるモデルがこの逸品である。コインエッジの彫金が特徴としたスリムモデルで、レイヴィル社モジュール機として、インハウスナンバーの意味を持つキャリバーナンバーの前にRのイニシャルを添えた。機械は手巻きをメインキャリとして様々なエボーシュを導入し、スリムボディーに印象を与える為に奇抜なデザインを文字盤に採用することで、他社との差別化を図った。