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Seiko Cronos 18k solid gold Ref.J14034 1960s Manufactured for only one year in the 1960 / セイコー クロノス Ref.J14034 18K Solid Gold 1959年から1960年の間のみ製造 入荷


 

 

世界が震撼し、怪物と呼ばれたセイコーヒストリーは、当時、未だ世界で誰も知らない服部時計店というオリジンから始まった…..
戦後から1950年代に入り急激に高度成長を遂げていった日本、戦後最大の自殺者数までも出した時代でもあり、逆に洗濯機、テレビ、冷蔵庫などの3種の神器が誕生し、夢や希望に全力を傾けていた時代でもあった。そんな時代、時計という物質は言わば人生の勝利者が手にするものであり、一種の憧れであり、その時計を手にすることを目標にし勝利者を目指した人も少なくない。その象徴的産物のひとつが服部時計店”セイコー”ブランドであったことは間違いない。
そのセイコー魂は、言い換えれば戦後の敗北の日本を救った唯一の光の存在であったのであろう。戦時中軍需工場としての役割をはたしてきた精工舎は、第二精工舎(亀戸)と第二精工舎諏訪工場(後、諏訪)の2つの柱を持つことで、お互いにライバル意識を持ちながら切磋琢磨した技術革新を目指し、戦後間もなく、諏訪はスーパーを発表し、5年後の1955年に亀戸からはユニークが発表されると、それまでの国内での市場を世界市場への足掛かりとする為にスイス時計の精度に匹敵するほどの、そしてその名の如しその存在は”驚異”であり、”驚くほど”のクオリティーの高さを持った時計”MARVEL”を1956年に発表した。それは日本国内での全ての精度コンクールでの負けなしで、1957年は米国時計学会のコンクールでもスイス時計を抜き第一位を獲得した。これによりセイコーは18金無垢モデルをマーベルから発表、スイス時計業界のお株となる精度というプロセスを軸とした高級モデルが日本から初めて誕生したと言えよう。そして亀戸では諏訪に匹敵するほどの精度を用い、亀戸初となるセンターセコンドを採用。秒カナによる秒針の乱れを無くす為に秒カナをブリッジ内に収め、テンプをブリッジの両サイドのネジで留めるツインブリッジ採用により今迄のシングルブリッジの欠点である環境や経年によるブリッジによる変形で天真と受石との噛み合わせの不具合を軽減し、精度への耐久性を揺るぎないものとした。

セイコー クロノスの誕生である。

特にこのリファレンスナンバーJ14034は18金無垢クロノスのみに与えられ、製造は1959年から1960年の1年間のみ。まさに亀戸が誇る最高機種と言っても過言ではない。当然、機械の伝承は、21石が基準(23石も存在する)。当時の販売価格の20000円はセイコー随一のマーベルと同価格。メカニカルストーリーとして文字盤に描かれてDIASHOCKの通り、独自の耐震機能は上下から横からの衝撃を更に強くし、美しい様相を魅せるトライアングルブリッジに2,3,4番車、ガンギ全ての受石にゴールドシャトン留めを装備、受石に装備されたU字型の耐震機能、加重をピポットで受けるので回転ロスが非常に小さく、耐久性も高い。『正確さ、美しさ、外国品には劣らない』のキャッチフレーズであったことをそのまま実現させたとおり、その18金無垢のラウンドケースはすべての光をどの角度からでも拡散させるように独特なステップをベゼル、ラグ部分に設け、ファーストGSの原型となったことを窺わせるかのようなセイコースタイルの発祥とも言えよう。