2026年04月

ロレックス オイスター Ref.1072 ブッフェラーリテイラー品、ラジウム夜光全て当時のままのオリジナルコンディション


スイスの中でも有数なリテイラーでありロレックスを世界で一番売り上げたリテイラーとして、”ブッフェラー無くしてロレックス存在せず”と言われ、昨年ロレックスの傘下として新たなスタートをきった。そのロレックスとの関係を築き始めた頃の逸品。

1890年頃から戦争という世界から生み出された腕時計という世界、それ以前、女性ものの腕時計は存在したが、男性用の腕時計は戦火の中で、ポケットから取り出す手間を省く為に懐中に紐を巻いて、腕に嵌めるという自然発生的なものから誕生した。そして1900年のパリ万博でオメガが初めてWRISTWATCHという言葉を用いて時計を出品した。 それから4年後、24歳の若き青年”ハンス・ウィルドルフ”が、エグラー社(現ロレックス ヒエンヌ社)とのムーブメントの惚れ1905年にイギリスで義弟のアルフレットデイビスと一緒に”W&D社”を立ち上げた。その後、第一次世界大戦勃発により、ドイツ人名であるハンスは急遽、敵国であるイギリスであるが為に”ロレックス社”を1915年に立ち上げた。それは最初に1915年7月に認可された特許ナンバー”70926”(塵を遮断するケース)から見るように砂ぼこりの多い当時の時代、塵から守る時計の必要性から始まり、何を人は求めるのか、そしてその結果売れるものとは何かを求め、確固たる自信の下で販売していった。 それは1922年、特許ナンバー”197208”のリューズのついた本体をアウターのねじ込みケースで覆い隠すという防水ケースへと発展し、1926年6月10月18日防ケース特許ナンバー”120851”、ねじ込みリューズ初の特許ナンバー”120848”により、ハンスは確固たる自信の中である決意を下した. 『ドーバー海峡をこの腕時計をつけて泳がせよう』 それは1927年10月7日、イギリスロンドンの英国紙”デイリーメイル”の速記者であるメルセデス・グライツ嬢がドーバー海峡を渡るという女性では世界で2人目の快挙となった。そしてそれは、ドーバー海峡を渡ったという事実よりもその腕に嵌められていたのがロレックス社の時計であったことに世界は驚愕した。ハンスが、ここまでの筋書きを予測していたかどうかは、現在では謎であるが、ハンスが、グライツ嬢がわたって一か月後、11月24日付けの”デイリーメイル”の第一面をロレックスの腕時計が全面広告として飾った前代未聞の出来事は、当時のロンドン市民を驚かせた。そしてその裏には4万スイスフラン”1600ポンド”(当時で日本円にして270万円)の膨大な経費がかかったことは事実であり、ドーバー海峡を渡る以前から売れるまでの筋書きが用意されていたのかもしれない。

 

ロレックス Ref.4643の真実のストーリーとは…バブルバックから誕生したもつひとつの世界 18金無垢ローズゴールド入荷



特許ナンバー144350。1929年、ロレックス初の自動巻きとして初めて出願された。この機構により世界は大きく変わることとる。そして世界が震撼することとなるパーペチュアルのオートローターに関する最初の特許ナンバーが160492で、エグラー社のエミール・ボレが発明したことでも有名である。特に特許ナンバー170803の1933年の出願では、バブルバックと言われる神髄となるローター開発の基盤となるどの方向に回転しても2つの整流する歯車を通し、その歯車の中に逆回転させないようにそれぞれに歯車を設置とている。そのローターは甲箱に取り付けられたそれぞれにコハゼを配備した2つ歯車がローターの動力をバックラッシュさせないように、ゼンマイに伝える為に3本のアームを曲げたディスクパーツなどを組みこむことで、機械の動力部位の上に高さを要した自動巻き機構がはめこまれることで、必然的に裏蓋を膨らませる必要があった。それがバブルバックの根源である。 そんなハブルバックは1933年にファーストモデルが発表されているが、最初にそのローター部位から分解する為に初めての経験となる技術者り為に、ローターの下にふるカバー面に分解する時のネジ部位の説明を簡易に刻まれたが、セカンドモデルでは、その説明書きが無くなっている。そしてサードモデルでは後、620のキャリバーナンバーが与えられることとなるサイズNAが初めて投入される。そして、他ブランドも主力キャリバーをサイズダウンすることにより多様なモデルに搭載できるようにしたキャリバーを存在させるが、ロレックスも620をサイズダウンさせたサイズAR、キャリナンバーは520と称されたミドルキャリが1936年に誕生した。同年にはレデイースの主力キャリとなるセンターセコンド530ARが誕生していく。  今回のモデルは多様的な角型として希少なモデルで1946年から1952年までの6年間という短い期間にだけ存在した。
Ref,.4643
18金無垢ローズゴールドでかなり紅ボティーの輝きは見事であり、28MMボディーとしてラウンドとしては34MMサイズと同等の大きさであることで、かなりその存在感を感じる当然パーペチュアルであることで、2段の切換え者車を要することで、裏蓋を膨らませなければ機械が裏蓋に当たってしまうプロセスがバブルバックだが、この4643はバブルバックではないが、スクエアー型に膨らみを持たせるいわゆるバージングケースであり、バブルバックと呼ぶ方がいるが、バブルバックの根源は泡のような膨らみ、防水、パーペチュアル(自動巻き)である3点の意味であり、ロレックス自体もADでしっかりと謳っている。言わば完全に別ものである。ではこの4643の真実の根源たる意味は、やはり520ARの存在意味であろう。ロレックスは創業当初から機械製造数と時計個体自体の数の違いにより年代の違う古い機械を新しいモデルに搭載し、在庫整理を行う現代の企業のお手本的システムを組み込んでいたことは事実であり、この機械も1936年製造しながら、1946年に使用するということ自体、ロッレクスという企業の本質、そしてファミリー企業であることで、繊細な企業努力を形のするサクセスストーリーの根源を理解出来よう。

 

18金無垢スケルトンバックケース★ユニバーサルジュネーブ UNIVERSAL GENEVE MOONPHASE ムーンフェイズデイト Ref.151.11.663★伝説名機Cal.2-66マイクロローター 入荷


1954年、ユニバーサルジュネーブはポールルーターに215キャリバーを搭載することで、マイクロローターを採用することとなる。、通常のローターは機械部の上部に配置される為、薄くすることが前程にある為、より大きくワイドで無ければならず、金無垢などのローターも使用されたが、このマイクローターは機械部の中に入り込む為、その厚さは機械部に入るほどの厚さにすることが可能、より同等の重さを実現させた。又、機械部の中に入れる為にその場所を確保する為に丸穴車を無くし、ダイレクトにマイクロローターの左右からの回転を整流する為の切り替え車を通じ2番車へ、そしてゼンマイへと繋ぎ、中間車を通じ、3番、4番車へと繋げていく、今世紀最大の開発の一つと言っても過言ではない。そのグリュエン社の偉業はハミルトン社に引き継がれたが、1955年特許ナンバー”329805”として開発された215キャリバーとのライセンス契約を交わしたことで、ユニバーサル・ジュネーブが世界中にマイクロローターとしての世界を独自の世界に変えていった。その軌跡は、1972年、シャドーシリーズのメインキャリとして登場した2-66キャリにより、ユニバーサルジュネーブのお株たるカレンダーモデルへとその軌跡は引き継がれることとなる。1936年、マテール社を迎えることでコンパックスシリーズを発表、1943年には月齢のトリプルカレンダーとクロノグラフを発表と同時にカレンダー機能を備えたモデルを次々と発表することで、モバドと並び、独自のコンプリケーションの世界を表現することとなる。このカレンダーモデルの主要メーカーとなったユニバーサルが1990年に発表したカレンダーとデイト”Ref151.11.663”をご紹介したい。当然このメインとなる伝説キャリバーは1972年の誕生から2003年頃を最後に伝説だけを残してこの世から姿を消した”Cal.2-66”。特別な存在とした2姿勢差調整を標準とし、ベアリングを採用することで、マイクロローターの回転をスムーズにした。25の多石化に、19800振動というこの時代の最後のロービートを語り、耐久性を武器にユニバーサル特有の気品と高貴な漂いを全面に打ち出した最高のモデルであることには間違いない。薄型モデル特有の2-66キャリながら厚手のコインエッジを彫金を施した18金無垢のケースサイドで32mmながら威圧感感じるほどの存在感を感じる逸品である。