2026年05月

1969年世界初自動巻きクロノグラフCal.11誕生秘話 Ref.2117 ブルヘッド 入荷 Breitling Bullhead


Within the world of the legendary Caliber 11—the world’s first automatic chronograph—there exists an extraordinary outlier.

Born in 1970, this remarkable model would see its evolution come to an end in 1974, with the second-generation Ref. 7101 powered by Caliber 7740 marking its final chapter.

Its design astonished the world: chronograph pushers mounted at 12 o’clock like horns, and a main crown positioned at 6 o’clock—an unconventional layout that defied all norms.

For a time, it even surpassed the popularity of the Monaco.
Yet, it was precisely this radical design that ultimately led it to fade from history.

Reference 2117.
Better known as the “Bullhead.”

 

世界初自動巻きクロノグラフとしたキャリバー11という世界に、とんでもないモデルが存在する。1970年に誕生してから、セカンドモデルとして1974年リファレンスナンバー7101、キャリバー7740を最後に終了。12時位置にクロノグラフブッシャーを角のように装備し、6時位置にメインクラウンを装備するという世界で人々に驚きを与えた。一時、モナコを凌ぐ人気であったが、その独特的なデザインが為に歴史から消えていった。

リファレンスナンバー2117。.通称”ブルヘッド”

 

1969年、ホイヤ-、ブライトリング、デュボア・デプラ、ハミルトン・ビューレン達の熱い思いで世界初自動巻きキャリバー11は誕生した。

ブライトリングが、このリファレンスナンバー.2117同様、モナコ1133も同じように、このキャリバー11に賭ける思いは、そのすべてにおいてクオリティーの高さを物語る。当然ケースは、当時、未だ旋盤機を手動で行っていた時代にステンの塊を抉り取り研磨していくプロセスを感じるこの一目見て脳裏から離れない存在たるケース形状は、楕円を変形させ12時位置にクロノプッシャーの穴を開け、バックケースは、ケースにめり込むかのように大胆不敵なスクリューバックとなっている。当然、持って、”ずしり”とくる感触は、驚きの何者でもない。当然6時位置のクラウンは、そのまま一本の指で巻けるように深めのエッジがついたこのモデル専用のクラウンを装備、そして特徴のあるタテめのアップダウンのクロノグラフフェイスを擁するダイアルは、両回転のブールーのエッジベゼルと100のメモリを擁するインナーベゼルで簡単な計算尺となり、インダイアルには、ブルーのバルスメーターエリアを表し、15回の脈拍からの割り出し可能な60で区切り、その先をライトブルーのタキメーターで表し、ダイアルにさえもそのディテイルに拘ったクオリティーの高さが感じられる。

タグホイヤーの名誉会長でもある”ジャックホイヤーは1960年代当時、経営をアメリカに渡り学び、ワックマン設立の立役者でもあったジョルジュ・カルパリ(ブライトリング広報担当)との出会いによりウィリー・ブライリング(当時ブライトリング社長)と出会い、ウィリーはジャックの世界初自動巻きクロノグラフの夢に賛同したが、あまりにもムーブ開発の資金が莫大であった為、ブライトリング協力体制でも開発に困難をきした。そんな折、スイス時計協会の後押しで、ハミルトン、そして開発のキーマンでもあったビューレンの開発参加により当時、ビューレンが開発した薄型マイクロローターを導入することにより、『1969年、3月』に、セイコー(Cal.6139)、ゼニス(エルプリメロ(Cal.3019)より約3ヶ月以上早い実質上、世界初となるクロノグラフ自動巻きムーブが誕生した。

 

ジン ナビタイマー クロノグラフ Cal.7740 By ブライトリング: ウイリー・ブライトリングの歴史的決断とは…  JINN NAVITIMER Chronograph Cal.7740 入荷


独特のエッジのついた回転ベゼル、視認しやすくする為の計算式の基準となる9時位置にある”10ポイント”、そして速度、所要時間を計る12時位置にある”kmポイント”、そしてそれらの答えをはじき出す9時位置にある”STATポイント”、”36ポイント”、”NAUTポイント”が、赤色で表されたブラックフェイス。ナビタイマーRef.806″セカンド”とつい口走ってしまいそうだが、そこには、5時位置のデイト表示。何かが違う….『SINN』。そう今回は、ブライトリング、ホイヤーを中心に1969年に開発された世界自動巻きクロノグラフ”Cal.11″に秒針を付け改良した”Cal.15″を手巻きモジュールとしてバルジュー社と共同で開発した”Cal.7740″をブライトリングのムーブとして搭載した最高に希少なすばらしい”SINN”の一品をご紹介したい。当時のウィリー・ブライトリングとジャック・ホイヤーが中心となり設立した”クロノグラフ協会”を中心に、スイス時計業界の生き残りを賭けた歴史の闇に消えた真実の物語を皆様にお伝えするとともに、まず、市場には出回らない、そしてこの出会いがあなたの最後のチャンスであることも最初にお伝えしたい。

 

1884年”レオン・プライトリング”が創業してから1915年、世界初腕時計クロノグラフを世におくりだした2代目”ガストン・ブライトリング”、そしてその後、不屈のブライトリング40年間、守り続けた3代目”ウィリー・ブライトリング”の苦労は、並大抵のものではなかってあろう。1932年、ウイリーが父から引き継いでから間もなく、今のクロノグラフの基礎である”2時位置スタートプッシャー、4時位置リセットプッシャー”を世界で初めて開発し、その後、開発にの問題である開発費との戦いの末、ヴィーナス社というパートナーと組むことにより、マニファクチュールであったブライトリングの良さを生かしエボーシュとしてヴィーナスキャリを導入し、精度を徹底することにより製造コストを押さえ、より精度に力を注ぎ、1942年、開発したのが初代”クロノマット”であり、そこには、”ヴィーナスCal.175″を搭載した、その後その精度を追求し、ヴィーナスと共に世に出した”Cal.178″名機となり、1952年、世界最大の飛行士協会”AOPA”の公式として採用され誕生した『ナビタイマー』である。それはCal.178の驚異的な精度の良さにより実現したと言っても過言ではない。しかし突然、そこに暗雲が差し込んだ。1964年、ヴィーナスが、エボーシュ連合に統合され”178キャリ”の供給停止、それを機に、1969年ホイヤー、ビューレン・ハミルトン、デュボア・デプラ、4社で世界初自動巻きクロノグラフキャリ”Cal.11″を開発したが、その翌年、オイルショック、そしてクォーツショックによりスイス、アメリカ時計業界はほぼ全滅に近い状態となった。その後、ブライトリングもファミリー企業としてのDNAの血を守る為、伝説”ウィリー・ブライトリング”は、最後の決断をした。1974年頃、当時のクロノグラフ協会のメンバー企業を中心に、ナビタイマー、クロノマティックのケース、そしてムーブメント、パーツすべてを売却することを決めた。その中には、当時、軍用時計を作っていた”Ollech&Wajs/オーレッヒ&ワイス社”、そして、ブライリング創業者”レオン”と時代は違えども同じ空に夢を追い求めた”ヘルムート・ジィン”率いる”SINN”社なども名を連ねていた。

 

『Helmut Sinn/ヘルムート・ジィン』、第一次世界大戦の戦渦の中、避難民として幼少時代を過ごし、貧困生活の中で、人生そのものが戦争であり、彼もパイロットになり戦争という悪魔に没等していった。そんな中、彼の運命を変える出来事がおこった。偵察部隊として任務についていた彼がロシア戦線において彼は、計器浮動作により落下し、参戦不可能な重症をおった。その後、飛行士の養成に力を注ぎながら飛行機の計器に対する思いを形にすることを心に深く秘めながらSINN”ジン特殊時計会社”を設立した。そして彼の苦しい戦争の体験は、やがて空へのなつかしい思い出と変わり、彼が91歳の時、世界最高齢としてパイロット資格を再度、取得しもう一度、空を飛ぶ夢をかなえた…

そんな今回の歴史に隠れた真実が明かす、凄まじい真実のストーリーを物語る希少なこの一品。どうか最高の価値をつけて頂きたいことを願い、又、同じ空を追い求めた”レオンブライトリング”そして、”ヘルムート・ジィン”のスイス時計界を引率する偉人達の繋がりに心から敬意を表したい。

 

ブライトリング ワックマン ブライトリングUSA立ち上げとWネームの秘密 パワーリザーブ 入荷 BREITLING POWER RESERVE Cal.1382N


In 1943, Wakmann established Wakmann Watch Company in the United States, securing exclusive distribution rights for the American market of Breitling.

By 1947, the company had gone even further—achieving a listing on the New York Stock Exchange and formally founding the Breitling Watch Corporation.

For Breitling, Wakmann carried out the final stage of production within its own factory, incorporating a modular power reserve function into the movement.

True to its name, this creation was known as the
“BREITLING POWER RESERVE INDICATOR.”

 

1950年代に入ると、老舗(エタ、バルジュー、ヴィーナス、ランデロン、ア・シールド、フェルサ)などを中心に多くのエボーシュメーカーが乱立し、より信頼性も高くなり、それまでの各メーカーのマニュファクチュールとして基本姿勢が薄れ、製造経費削減の為に生き残り合戦として、エボーシュに移行するメーカーが増えてきたのも事実であり、それは逆にメーカーの独自性が薄れる結果となってしまったが、今まで現実化出来なかった技術を、エボーシュを取り入れることによりコストをかけずに開発できるという、言わゆるモジュールとしての新たな開発技術へと発展していったのも事実である。そして今回、ご紹介させて頂くのは、1896年に設立され、アラームエボーシュとして世界最大の規模を誇ったエボーシュメーカー『.SHILED”ア・シールト社”』が1950年頃に開発したキャリバー”1382N”を、1943年にブライトリングUSAへを立ち上げブライトリングUSA市場の販売独占、更に1947年にはニューヨーク株式市場に上場を果たし、ブライトリング・ウオッチ・コーポレーションを立ち上げたWAKMANN”ワックマンがブライトリングの為に、自社工場で最終的製造工程としてパワーリザーブ機能を搭載し、モジュール化した、その名の如し『BREITLING POWER RESERVE INDICATER』をご紹介したい。やはりコレクターとして喜びに変わる事実としては、その銅メッキの何とも言えない情緒漂う風合いをかもし出す”1382Nキャリ”に深々と刻まれた”WAKMANN WATCH CO”と”BREITLING”のダブルネーム、そしてテンププレートの”WOG”のマニュファクチャーコード刻印。これはブライトリングではなく、ワックマンが、自社工場で自社調整した証である。以前、ワックマン氏が、1951年にウィリー・ブライトリング氏にスイスの工場設立に関して、その思いを書き綴った絵葉書を持っていたが、そのことからもワックマンが、製造の分野でもブライトリングから仕事を請け負っていたわかるであろう。そんな歴史の一ページをかいまみる喜びを感じながら、帯磁の今の時代に希少となるブラスケースをステンの防水スクリューバックでしっかりと留め、クラウンを回した瞬間に、繊細に表現されたギョーシエダイアルの12時位置に装備された28時間のパワーリザーブインジケーターのトルクが落ちる停止3時間前を真っ赤なデッドポジションとして表したインダイアルをバワリザーブハンドが、上りつめて行くさまは、ブライトリングコレクター、パワーリザーブコレクターでなくても、喜びに変わり、つい微笑んでしまうすばらしい逸品であることをお伝えしたい。